Stand Up Fighters!!
こんなにも早く本土の地を、自らの足で踏めることになるとは誰も想像していなかった。いや、それぞれの胸には必ず沖縄の、比嘉中のテニスの力を全国へ示すために、もう一度この地で勝利すると心に誓っていた。全国大会で味わった屈辱と挫折と、悲壮を晴らすためにテニスを休まず続けてきた。
季節は冬の初め、本土とく、風は慣れ親しんだ海の匂いではなく湿った土の匂いを運び、陽射しは暖かさよりも明度だけを大地へと降り注いでいた。
馴れ合いを良しとはしない比嘉中テニス部にはお似合いの舞台だと、高鳴る鼓動を鎮めるために木手は深く細く深呼吸をした。傍には甲斐、平古場、知念、田仁志達が感慨深げに、或いは好奇心で一杯の瞳で目の前に広がるテニスコートを見つめていた。
それぞれの胸には全国大会に乗り込んだあの日の熱情が溢れるほどに全身を満たしていた。そして、二度と負けたくないという勝利への情熱が心の奥底で燃え盛っていた。
傍に立つ木手の気配が強くなった。ああ、戻って来たんだと直感がそう告げた。呼吸をするたびに一つ、また一つと大きくなるその気配は、全国大会を目指して部員を鼓舞し、どんな理不尽にも屈せず練習を続けていたあの存在感だった。
田仁志や平古場は勿論、知念や甲斐も同じように木手の僅かだが大きな変化を感じ取り、それぞれの表情には力が溢れ口元が緩むのを抑える事が出来なかった。そして、身体を巡る血が沸騰しているのではないかというほどに全身を満たす熱を感じていた。
まるで、試合が始まる直前の様な高揚した気分で木手の顔を盗み見ると、姿を見た者から平静を奪う冷酷な瞳と、人を見下し叩きのめす口元はよく知った嘲笑の形に歪められていた。
そこには間違いなく比嘉中部長、木手永四郎がいた。
夏の全国大会で青学の手塚に「敵意あるテニスは憎しみしか生まない」と言われ敗北を喫して以来、その言葉がどこか木手の中で蟠りを与えていることはずっと感じとっていた。
けれど、他人に弱さを見せるような男ではないし、頭の良い木手を納得させる言葉を部員の誰も持ち合わせていなかった。
木手と歩んできた道を後悔したことも、ましてや「敵意あるテニス」で相手をねじ伏せることを、後ろめたく感じることなど一度足りともなかった。
名も無き一中学が全国大会という夢の舞台に立つことがどれほど困難なことか、それを知っているのは苦楽を共にした比嘉中の仲間達だけだ。正々堂々、綺麗なテニスをすることは大切なのかもしれないが、全国の強豪校達と肩を並べる為にはそれだけでは足りなかった。誰もが夢見る舞台への階段はどこまでも高く、長く続いて最上段は暗闇で覆われて見えなかった。
けれど、木手と共に戦い続けた日々は、何時からか終わりのない階段を駆け上がるものから、舞台まで残り数段を歩むだけのものになっていた。
監督じゃない。ライバル達でもない。比嘉中の部長である、木手永四郎が示した姿こそが目指すべき道であり目標だった。薄い酷薄な笑みを浮かべた木手の顔から視線を外して、コートへともう一度視線を注いだ。沖縄の気温差の違いに、まるで異国の地に立つ様な気分が胸に押し寄せていた。空気は硬く冷た
そして、心から誓った。
お前のその背中について行く。勝利のために。
作品名:Stand Up Fighters!! 作家名:s.h