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秘め事

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「私のところへ来てはくれないかい?」
 いつになく真剣な口調で、ツァウベルンが言った。
 屋上の、木の上。彼の気に入りの場所に呼び出されたビュクセは、相槌すら挟まずに黙したままそれを聞いた。
「この戦いが終わって、本国へ帰った後の話だけれど。私の個人的な護衛役を探している。それをぜひ君に頼みたい。軍をやめてもらうことになるだろうけれど、今以上の待遇は保証するよ。どうかな?」
「了解した」
 短くビュクセが答えると、ツァウベルンは一度、戸惑ったように口を閉じた。そっと首を傾け、探るようにビュクセの顔を伺う。
「随分と早い決断だね。まだ時間もあるし、ゆっくり考えてもいいけれど」
「構わない。命令ならば従う」
「……命令だから、なのかい?」
「そう、だな」
「…………」
 簡潔なビュクセの言葉を聞くと、ツァウベルンは何故か、落胆したように表情を曇らせた。そうか、と呟く。
「やっぱりやめた! 今の話は聞かなかったことにしてくれたまえ」
「……何故」
 あっさりと前言を撤回したツァウベルンに、今度はビュクセが聞き返す。ツァウベルンはつまらなそうに肩を竦めた。
「命令で従うものは、命令で裏切る。自分の命を預ける相手だ、私も慎重に選ばせてもらうよ」
 それきりビュクセには興味を失ったように、くるりと背を向ける。その後ろで、ビュクセは密かに、眉を顰めた。言葉を探して、立ち尽くす。
 動かないビュクセを、肩越しにツァウベルンが振り返った。
「どうしたんだい、ビュクセ君。もう話は終わったよ」
「……間違えた」
 ビュクセは小さく呟いた。困惑したような響きが、そこにはあった。ツァウベルンはもう一度、ビュクセに向き直った。
「間違えた?」
「俺はいつも、言葉が足りない。言い直してもいいだろうか」
「何を?」
「貴方の命令なら俺は従う。……そう、言いたかった」
 ツァウベルンは驚いたように目を瞠った。それでもまだ、正しく意図が伝わったのか自信が持てず、ビュクセは黙って彼の反応を待った。
 ゆっくりと、ツァウベルンが口を開く。
「それは、つまり、もっと厳密に言うと……私の命令だから従うと、そういう意味だと思っていいのかな? 他の誰でもなく、私だからだと」
 ビュクセは、静かに頷いた。
「それは、私がハルニッシュ家の次期当主だから、かい?」
「…………」
 その言葉には、ビュクセは返答に迷った。正しいようで、少し違う気がした。言葉を探しながら、口を開いた。
「ハルニッシュ家の次期当主が、貴方だから、だ」
「……ああ」
 ようやく、ツァウベルンが表情を綻ばせた。安心したような笑みが広がっていく。
「とても嬉しいよ。君に、そんなふうに思って貰えて」
 拙い言葉からも、彼が誤りなく意味を掴み取ってくれたことに、安堵してビュクセは口を閉じた。けれどツァウベルンは、また不思議そうに首を傾げた。
「でもそれならば、命令でなくても聞いてくれはしないのかい?」
 新たな質問に、ビュクセは再び答えに悩む。
「命令でなければ……そこに、個人の判断が必要になる」
「うん、そうだね」
「……俺が、自分の意思で動くことは……貴方を、困惑させることがあるのではないかと」
「…………」
「命令の方が、楽だ」
 ツァウベルンが難しい顔をして黙った。ビュクセにも、どうしたら伝えられるのかわからなかった。
 黙り込んだビュクセに、ふいに、ツァウベルンが手を伸ばした。
「もしかしてそれは、君が、君の心のままに動くと、私を困らせることになるのではないかと、そういうことなのかな?」
「……そう、かもしれない」
 ツァウベルンの指が、するりと、ビュクセのコートの袖を掴んだ。
「ならば試してみるといい。君が思うまま、君のしたい通りにしてご覧」
 ビュクセの目を真っ直ぐに見て、その口元に、誘うような笑みを乗せる。
「これは命令じゃなくて、許可、だよ。怒らないから、どうぞ」
「…………」
 全てを見透かすような深い瞳がビュクセを射る。ビュクセは躊躇いながら、けれどその誘惑には抗えず、彼の言うように、望む通りのことをした。
 薄く開いた唇に、そっと唇で触れる。
 すぐに離れた短い口付けに、ツァウベルンは少しつまらなそうな顔をした。
「あれ、もう終わりかい?」
「…………」
 複雑な様子で黙るビュクセの顔を見て、可笑しそうにツァウベルンが笑った。
「ねえ、ビュクセ君。私が君に、今後一切、私に近づくなと命じたら、どうする?」
「……従う」
「嘘だよ。そんな命令はしない」
 当然のようなビュクセの返答に、反対に、ツァウベルンの方が困った顔をした。袖に絡んだツァウベルンの手がそっと解けた。
「私はハルニッシュ家の当主になるものだ。その責務は果たさなければならない。……私が君にあげられるものは、君のその想いに比べたら、本当に遥かに少ない。何もないと言ってもいいくらいだ」
 そんなことはない、とビュクセは言おうとしたが、それより早く、ツァウベルンが強い視線をビュクセに向けて、だけどね、と続けた。
「ごめんね。それでも私は、君の力を借りたい。君に、私の一番近くにいて欲しい。君が望むもので私にあげられるものなら全部あげるよ。命令しろというのなら何でも、何度でも命じる。だから」
 ツァウベルンは一瞬だけ言葉を止めて、短く息を吸い込むと、抗いようのない鋭さでビュクセに命じた。
「私のものになれ」
 そしてビュクセはまた、変わらない、短い言葉を返す。
「……了解」
作品名:秘め事 作家名:和泉瑞葉