雪割草
唯一の肉親の叔父上は江戸ですが、近々帰国なさるそうです。その頃には収まってくれると思うのですが…。」
義勝の言葉を受け、一人考えた光圀は家老に会うことに決めた。
「一度、ご家老様にお会い出来ますかな?」
「はい、私がご案内いたします。明日にでも。」
「頼みますよ。」
「…あの、失礼ですが義勝さまはお殿様らしくないですね?」
話が落ち着いたところで、お銀が突っ込んだ。
「…はい。家老にずっと育てられましたのであまり殿様じみた話し方はどうも苦手でして…。回りからは直せと耳にタコができるくらい言われているのですが。」
「ふふっ。」
「どうかしましたか?お銀さん。」
「助さんそっくりなのに、雰囲気が全然違うから。お上品で真面目そう。」
「そうですか?…あっ、あの、早苗さんに謝りに行きますので、失礼いたします。」
義勝が早苗を探しに行くと、早苗は由紀に介抱されてはいたが、思ったほどひどくはなかった。しかし、彼は彼女に謝ることにした。
「早苗さん。本当に申し訳ありません。あなたの大切な人を危険に巻き込んでしまって。」
「いえ。あの人は自分の意志で、義勝さまをお守りしようとしたはずです。
それをわたし一人の感情でとやかく言えません。あなたさまの御命にかかわることですので。」
そう、居住まいをただし、早苗ははっきりと自分の感情を押し隠し言った。
こんなに強いのは町人じゃないな。
やっぱり武家の娘さんに違いない。
「…早苗さんはお強い。小夜と一緒だ。」
「小夜さん?」
「私の腰元です。今頃助さんに文句をイヤというほど浴びせてるかも知れません。」
「お味方ですか?…あ、先ほどおっしゃっていた幼馴染みですか?」
「はい。口うるさくて少し厄介ですが、助さんを守ってくれるはずです。」
「…信じても、よろしいですか?」
「はい。」
夜も遅くなったので、休むことになった。
皆で一緒に寝るらしい。
狭いけれど、にぎやかで面白い。
親切なご隠居で良かった。
助さんもそうだったが、ただの町人とは思えない。一体この御一行は何者だろう。
新助さんは完全に町人みたいだが。
あぁ、小夜が怒って助さんに刀突き付けてたらどうしよう…。
叔父上はいつお帰りになるんだろう…。
といろんなことをぼんやり考えていた。
そこへ見知らぬ男が入ってきた。
助さんから聞いた情報だと、男は二人だったはず…。
「おや?」
「義勝殿、狭くてすみませんが安全のためですので。しばらくの御辛抱を。」
「はい?」
なんで私の名を知ってるんだろう?
この人も仲間か?
「どうかなさいましたか?」
「あの、貴方はどちらさまで?」
「助さんから何も聞いておりませんか?」
「はい。」
「やっぱりいい加減だなあいつ。俺のこと忘れてやがる。」
「御仲間ですか?」
「はい。この姿の時は、格と申します。…信じていただけないかも知れませんが早苗です。」
「…早苗さん?」
助さんから、そんな妙な話は聞いてない。早苗さんは助さんの許嫁とだけ聞いた。
光圀が来て説明をした。
「義勝殿、早苗は男の姿に変われます。本当は女ですがな。」
「そうですか。では、よろしくお願いします。格さん。」
そこへ、風車が風をきって飛んで、畳に刺さった。
「うわっ。なんですか?」
驚いて飛びのいた。
「助さん、忘れたんですかい?」
弥七が久しぶりに姿を皆の前にあらわした。
「貴方は、どちらさまで?」
風車を回収しながら、弥七は苦笑いをしていた。
「おいおい、こないだあっしを怒っていなすったが、怒りすぎて記憶までなくしちまいやしたか?」
「弥七、お前さんでもわからんか!?」
「はい?」
「これは助さんではない。」
「……。」
弥七は声をあげて驚かなかった。
静かに無言で驚いた。
「…どちらさんで?」
「次期藩主の義勝殿じゃ。」
「そうですか。若様、大変失礼いたしやした。弥七ともうしやす。お見知り置きを。」
「義勝です。よろしくお願いします。」
「真面目でおとなしい助さんが見られたと思ったんですがね。別人でしたか。…ところでご隠居、仕事は?」
男に変われる女の子、風車を飛ばす男、真っ黒い怖い犬。
やっぱり一味も二味も変わった一行だ。
驚きを隠せない若様だった。