雪割草
由紀は自分も暗かったら、早苗が可哀想だと、元気でいようと心掛けていた。
助三郎に相談したほうが良いと早苗に持ちかけたが、猛烈に反対された。
なので、保留にしてある。
「おはよう…。」
今日も、気分が晴れない様子だった。
「元気出して!晴れて天気がいいから、気分転換に散歩行こ!」
「どうしようかな…。わたしと歩いたら逢い引きになっちゃうから…。」
「…え?」
声は男のままだったが、話し方がが女の子の早苗だった。
口調は戻った。
「あっ。え…。口調だけは戻せるみたいだ。変だな。」
「もうすぐ戻れるようになるんじゃない?」
吉兆に違いない。そう思わないと、ますます早苗が落ち込むだけ。
「…どうかな?」
晴れたと思ったが、また雨が振り、一行は出鼻を挫かれた。
朝早く、早苗と由紀は習慣の人目を避ける身支度をしていた。
「…由紀、そろそろ自分で出来るようにしないといかん。
好きでもない男の髭なんか剃らせるのはかわいそうだ。」
「…べつにいやじゃないわ、早苗だもの。」
この子は、元の女に戻ることを諦めようとしている。
危ない。気分が滅入っている。
「いや、覚える。…やり方教えられるか?」
強い意志が込められたまなざしで見られ、由紀は折れた。
「…人のを剃るのはできるけど、自分でやるのはねぇ。…男の人に聞いたほうがいいけど。」
「…助さんはだめだ。」
いまだに許嫁には言っていない。いい加減向こうも気付くはずなのに、全く気にしてない様子がもどかしかった。
光圀も、新助も異変を感じ取っているようだが、早苗に直には聞いていなかった。
「そうよね…新助さんなら良い?」
「あぁ。この際だ、あいつにも言う。」
しばらくすると、新助がやってきた。
「どうしたんです?格さん。」
「…恥ずかしいが、髭の剃りかた教えてくれるか?」
「…わかりました。」
少し驚いたという顔をされたが何も聞いてこなかった。
一通り、指導を受けた後、すまなそうに新助が聞いてきた。
「…格さん、助さんとケンカでもしたんですか?」
「どうして?」
「格さんなんかここ最近ずっと元気ないし、寂しそうだから。
早苗さんにも最近戻ってないですし。でもケンカだったら変ですよね?助さんはいつも通りだから…。」
やはり、敏感な新助さんはわかってたんだ。
「…戻れないんだ。」
「…ごめんなさい。変なこと聞いちゃって。大丈夫ですか?」
「心配してくれてありがとな。」
「なんでも言ってくださいね。相談に乗りますから。」
「新助…あのな…。」
「格さん、心配しなくても助さんには何もいいません。格さんが自分から言ったほうがいいですもんね。」
本当によくわかってくれる。
これくらい助三郎さまもわかってくれたら言うことないのに…。
「ありがとう。あいつに余計な心配かけさせたくないから…。」
というより怖い。戻れなくなったなんていってどんな顔されるか…。
覚悟はしてるつもり、戻れなくなったら、婚約破棄されるって。
でも、怖い…。
「…やっぱり、ご隠居さまには相談しましょ。」
「そうですよ。ご隠居なら何か手を打ってくれるかも知れませんし。」
「…わかった。」
その晩、早苗は二人きりで光圀と話し合った。
「…戻れないと?」
「はい。男のままです。」
「おかしいとは思っておったが、なぜもっと早く言わなかった?」
「……。」
「…責めても仕方あるまい。…大丈夫か?」
「はい、どうにか。…しかし、もう戻れないかもしれません。」
「…諦めてはいかん。気を確かに持つのじゃ。助さんは知っておるのか?」
「いいえ。」
「…言いたくないか?」
「はい、しかし自分から言いますので、ご隠居はおっしゃらないでください。」
「わかった。だが、念のためじゃ、水戸の橋野に文を出す。よいな?」
「わかりました。」
少し、ご隠居さまに打ち明けて気が楽にはなったけど…。
たぶんわたしは女には戻れないんだろう…。
大丈夫と言ってたけど、よくあてにならないときがある父上だもん。
このままの可能性が高気がする。
助三郎さまにも言いに行かないと、そろそろ気づいている頃だと思うし…。
なんて顔されるかな、怖い…。