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雪割草

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こんなになっても好きでいてくれた、見捨てなかったこの人の迷惑にはなりたくない。
まっとうな生き方してもらいたい。
やっぱりやらないと。


「…ねぇ、わたしのこと今でも好きでいてくれるなら、お願い聞いて。」

「なんだ?何でも聞くぞ。」

「…婚約破棄って言って。新しい相手探すって宣言して。」

「……。」

「…そして、早苗のことは金輪際忘れて。…最後のお願い。」

「無理だ。それだけは聞けない。」

「…わかった。離して。もう行く。」

なんでここまであきらめが悪いの?
こんなにしつこい人だった?

「ダメだ!死ぬんじゃない!」

最期まで怒鳴るのイヤだけど仕方がない。
突っぱねるしかない。

「諦めろ!お前武士だろうが!?いつまでもグジグシいってんじゃない!女々しい野郎が!
いい加減にしろ!!」

「無理して男みたいな口きかないでくれ!」

「俺は男だ!お前とは何でもない!離せ!男同士で気持ちが悪いだろうが!」

「お前は男じゃない!早苗だ!」

「……。」

「言っただろ!?姿が格之進でも、お前の心は女だ!俺の大好きな早苗だ!」

「…心は女でも、身体はもう男。…諦めて。」

「イヤだ。諦めない。」

「死ぬから離して。お願いだから…。」

「…なぁ、何でそこまでして死にたい?」

「…引き換え。」

「え?」

「…神様に、わたしの命に代えて貴方を生きて返してって二度頼んだ。
二度ともちゃんと叶った。だからこの命差し出すの。神様へのお礼に。」

「そんなことしなくていい!」

「…ウソついた。それは建前。かっこつけるため。…もっと大事なのは、貴方の迷惑になりたくないから。」

「…どういう意味だ?」

「…貴方の幸せのためにはわたしは生きてたらいけない。
あなたは早苗をあきらめない。格之進に居もしない早苗を求め続けて、貴方は結婚しなくなる。それだと佐々木家に、水戸藩に迷惑がかかる。武士が絶対しちゃいけないこと。」

「…もし、もしだぞ、俺が誰かと結婚したらお前は生きていてくれるのか?」

「…ううん。死ぬ。」

「結局死ぬのか?」

「…うん。あなたの奥さんに絶対嫉妬するから。男なのに女の人に…。
そういう弱い人間なの。だから生きてたらダメなの。死ねば何にも見ない聞かない考えないで済むでしょ?誰の迷惑にもならない。」

「……。」

「だから、わたしが行く前に婚約破棄して。もっと良い家のかわいい優しい頭の良いお淑やかな娘を探して結婚して、跡継ぎ作って幸せに暮らすって約束して。」

「…なぁ、結婚って言うが、俺が、お前に結婚してくれって言った理由わかるか?」

「…知らない。…もう関係ないからいい。」

「聞いてくれ、お前とずっと一緒に居たいと思ったからだ。一生傍にいてほしかったからだ。
だからな、結婚なんて形で表さなくても俺はずっと、お前の隣にいられる。」

「…無理。そんなこと無理。お願いだから、もう諦めて。」

「イヤだ…。もしもお前がいなくなるなら、俺もお前の後を追う。お前の居ないこの世で一人で生きてる意味はない。」

「…なにバカなこと言ってるの?」

「俺は真剣だ。お前とずっと一緒にいる。」

「…そんなこと。」


それから早苗は尚も諦めない助三郎を説得し続けた。
口でダメなら実力行使でと、隙をついて力ずくで何度か離れようとしたが、
体力が落ちている早苗には無理だった。


お互い疲れてしまい、黙ったまま夜が過ぎて行った。
早苗の背後でずっと抱きしめていた助三郎は、早苗が気付かないうちに正面に回っていた。

「…早苗。」

呼ばれてそのことにやっと気がついた。
思わず、身体ごと視線を逸らした。
しかし腕を捕まれた。

恐る恐る、顔を見た。
睨まれるんじゃないか、軽蔑した眼で見られるんじゃないかと思い、怖くて見ることのできなかった眼は、以前と変わらない、優しいままだった。

しかし、彼の瞳に映るのは、女の早苗ではなく、やつれた男の顔だった。
それに耐えきれず、再び目を逸らした。
しかし、助三郎に懇願された。

「頼む…。俺を見てくれ…。眼を逸らさないでくれ…。」

「……。」


顔をしぶしぶ戻すと、じっと見つめられた。

「…なに?」

「よかった…。まだ、残ってた…。お前の優しい心が残っ…。」

言葉に詰まったかと思うとぼろぼろ涙を流しはじめた。
嗚咽をどうにか押し殺そうと唇を噛み締めながら泣く姿はかなり哀れだった。


「…泣きやんで。泣いても何も変わらない。」

「心が、早苗の、ままなのに…お前は、居なく、なるのか?」

「そう。やっとわかってくれたね。刃物は使わない。入水か服毒にするから。
貴方の目に触れない所で死ぬから気にしないで。」


返事は返ってこなかった。
代りに、助三郎は泣いて泣いて泣きまくった。
見ている早苗が恥ずかしくなるくらい、嗚咽をもらしながら、大泣きし続けた。
まるで子供のようだった。



少し落ち着いたころを見計らい早苗は別れを告げることに決めた。

「…もう、泣かないでね。…行く前に、笑顔見せて。」

「…早苗、聞いてくれ。」

彼は笑顔は見せてくれなかった。

「なに?」

「俺…。」

「やっと諦めてくれた?婚約破棄してくれるの?」

「……。」

「ねぇ。早く言って。簡単でしょ。婚約破棄って。」

お願い。言って。



しばらく沈黙が続いた後、ついに助三郎が言った。

「…そんなにして欲しいんなら、婚約なんか破棄してやる。」

「ほんと?」

「佐々木助三郎、橋野早苗との夫婦の約束、本日この場所で破棄する。…これで良いか?」


やっと言ってくれた。わたしを縛り付ける鎖は無くなった。
未練はほんとに消え去った。

「…ありがとう。これでスッキリした。」

「…そんな無表情でよく言えたもんだな。」


だって、笑えない。何時からか分からないけど、笑顔が作れなくなった。
でも、もう構わない。


「…ねぇ、ついでに新しい相手探すって宣言して。」

「…わかった、よく聞けよ。」




次の瞬間、なぜか助三郎の手が顔の方にそっと伸びてきた。
頬に優しく触れ、目の奥をじっと見つめられた。










「愛してる。」

「…へ?」


一瞬何を言われたのか理解ができなかった。


「…婚約は破棄したが、お前が男のままだろうと、一生俺はお前以外、誰も愛さない、結婚も絶対にしない。命がある限りお前と一緒にいる。」

「……。」

「…この世で誰よりも、愛してる。」

正面から引き寄せられ、ギュッと抱きしめられた。
以前とまったく変わっていない、優しい暖かい抱き締め方だった。


「俺の早苗…。二度と離さない…。」




抱き締めている助三郎の温もりのせいか、冷え切って凍てついた心がほんのわずかだが、温かくなった。
枯れしまって出て来なかったはずの涙が出てきた。


うれしい…。
初めて愛してるって言ってくれた…。
最高の思い出になった。


でも、一度でいい、ほんの一瞬でいいから、女の早苗に戻りたい…。
でも、そんなの叶わない。
せめて、逝く前に言いたい。

わたしも大好きだったって…。
作品名:雪割草 作家名:喜世