雪割草
「水戸からまいりました。」
「旅をしておるのか?」
「はい。」
「…うらやましい。わたしはここで命を落とした。国に帰ることができなかった。国を見ることができなかった。…今もここにいる。」
「お悔やみ申し上げます。御心配なさらず、駿河の国は平和な良い国でした。」
「…そうか、ありがとう。平和であったか。
…早苗、そなたは優しい賢い女とみえる。旅をしている間、同じような者に会うであろう。
会ったら同じように話し相手になってやってくれぬか?慰めてやってはくれぬか?」
「わかりました。」
「…では、離したいことがまだあるが、もう遅い。連れが心配するであろう。さらばじゃ。」
「失礼いたします。」
会釈をし、再び顔をあげるとすでに二人の姿はなかった。
異様な雰囲気もなくなっていた。
殺風景な林の中にポツンと小さな石碑があるだけだった。
「あっ。格さん、大丈夫だったか?」
「あぁ。そっちは?」
「平気だ。何も来なかった。」
「じゃぁ、帰るか。怖いのイヤだろ?」
「なぁ…あの女の人は?」
今言うと絶対に怖がる。
明日にしよう。
「家に一人で帰っていった。送らなくていいって言われたからそのままにしてきた。」
「そうか。」
次の朝、案の定三人は抜け出したことを咎められ叱られた。
「どうして黙って抜け出した!格さんもいたのに。いったい何をしておったのだ?」
「肝試しに…桶狭間に。」
「情けない。戦場跡で肝試しなどするでない!亡くなった者に失礼じゃ!」
「しかし、ご隠居、昨晩そこで今川義元公に会いました。」
「ほう。会えたのか?」
「信じていただけますか?」
「あぁ。もちろん。」
「女の人に案内してもらったのですが、その方は奥方でした。」
「え?あの人…人間じゃなかったのか?」
震えた声で助三郎が聞いてきた。
「あぁ。亡くなってた。」
「で、格さん、義元公は何と?」
「お願いだ、それ以上話すな!…やめてくれ!夜寝られなくなる!」
「そうですよ格さん!意地悪しないでください!」
おもしろいくらい怖がっている。
なんでそんなに怖いのかな?
気を使って明るくなってから昨日の話をしてるのに。
「本当だから仕方がないだろ?それにあの人たち悲しんでただけで、恨みは無いそうだ。
安心しろ。取りつかれたりはしないから。」
「そんなこと、笑顔で言うな!余計怖い!」
「ははは。怖がりだなぁ。それで、ご隠居…」
「…新助、逃げよう。ここにいたら危ない!」
「はい!」