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ギドの心配事

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わたしの名はギド。
 魔人族≪ヘカトンケイレス≫の最後の生き残りである。
 外見は恐ろしい怪物のようだが、内面はいたって温厚だ。俗に言う「気は優しくて力持ち」といったところだろうか。

 皆はわたしの事を、タダの図体のデカイ怪物だと思っているようだが、違う。
 わたしは人の言う事はちゃんと理解出来る。それに喋ることだってできるのだ。
 しかし、これは最重要極秘事項である。
 なぜなら我々魔人族が絶滅寸前にまで追い込まれてしまった理由がそこにあるからだ。
 なので、この事が知れると非常にマズイ。主(あるじ)からも「人前ではゼッタイに喋らないように」と、固く言われており、わたしはそれを貫徹している。
 そう、わたしは主の忠実な下僕なのである。

 わたしには三つの目がある。
 額に位置する三つ目の眼(まなこ)は、人の心の中を見透かす事ができる。
 これはある意味とても便利なのだが……。あまり見えすぎるというのも悩みの種であったりする。
 わたしと主には小さな仲間がいる。セネカという女の子だ。
 わたしは、彼女が主にほのかな恋心を抱いていることをすぐに察知した。
 が、しかし、主の心を知っているわたしは、その想いを成就させるのは非常に困難だ――という事もすぐに判ってしまった。
 彼女の健気な想いに、わたし自身もキュンとなってしまったが、これは仕方がない。人の心は変えることが出来ないのだから。

 ある日、彼女は二月十四日の『バレンタインデー』とかいう催しの為に、手作りチョコを作ると言い出した。
 主にプレゼントする為にだ。
 わたしはますますキュンとなると同時に心を痛めた。
 チョコというお菓子は、とても甘いものだという……。
 主は甘いものが苦手なのである。
 しかし、彼女の様子を見ていると、その事実を告げるには余りにも酷に思えた。
 なので、わたしは手を打った。
 チョコの手渡しを阻止すべく彼女が作ったチョコを全て食べ尽したのだ。
 いや。決して盗み食いした訳ではない。
 チョコの味見をしてほしいと頼まれたから、ちょっとばかり多めに食べただけなのだ。
 しかしこれは彼女の気分をひどく害したらしく……。
 彼女はカンカンに怒った挙げ句、泣き出してしまった。
 更にわたしは、向こう脛に思い切りケリを入れられ、随分と痛い思いをした。
 相手に対する思いやりが、仇となって還ってくるとはこういう事を言うのだろう。

 あれから彼女は再度のチョコ作りに取りかかり、十四日当日にはプレゼント用のチョコを用意できたようだ。
 手渡し場所は……どうやら学校で、ということらしい。
 わたしは心配でたまらなかった。
 彼女が無事にチョコを渡せるかどうか?
 そして主がバレンタインという催しの意味を正確に理解しているのか?ということを。
 これは、忠実な下僕としては何としても見届けねばなるまい。
 しかし、学校で……となると見届けるのは至難の業である。
 保護者を装って学校に出向くにしては、このなりでは説得力に欠けよう……。
 そこで私はある方法を思いついた。
 実は、こういうこともあろうかと、特注で学ランを用意しておいたのだ。
 これを着ればどこからどう見ても学生そのものだ。
 易々と学校に潜入できるし、周りから怪しまれることもない。
 我ながら完璧な作戦だ。

 しかし、彼女に見つかると少々厄介である。
 彼女はあれからわたしを完全に無視している。きっと嫌われてしまったのだろう。
 もしも彼女に見つかったりでもしたら、向こう脛を蹴られるだけでは済まないかもしれないし、せっかくの催しも台無しになる可能性がある。
 なのでわたしは極力目立つのを避けなければならなかった。
 身を隠すためには……この図体を隠すためにはどうしたらいいのか?
 幸いなことに学校の校庭の片隅には、身を隠すのにうってつけの木が生えていた。
 これこそ天の恵みというものだ。
 わたしは木陰に隠れ、様子をうかがった。彼女に気づかれた様子はない。
 
 おや?
 あちらから主がやって来たようだ。
 何だかこちらまでどきどきと胸が高鳴ってきた。
 このトキメキこそ、この催しの醍醐味なのだろう。
 が……。
 なんということだ!
 彼女はチョコを後ろに隠してしまったではないか!?
 いかん!いかん!これでは主は気がつかずに行ってしまう。
 もたもたしてると主は「やあ」とかなんとか言って通り過ぎてしまうかもしれんぞ。
 心配だ。ああ心配だ。
 だが……。
 ここは、そっと見守るしかなかろう。

 そっと。

 そーっと……。

作品名:ギドの心配事 作家名:コウミ