素敵なホワイトデー
わたしの名はギド。
魔人族≪ヘカトンケイレス≫の最後の生き残りである。
わたしは、見た目は強面(こわもて)、額には異様な三つ目が光り、岩のようにバカでかいなりをした恐ろしい怪物ではあるが、内面は――自分で言うのもナンなのだが――いたって穏やか。心優しい性質の持ち主で、俗に言う「気は優しくて力持ち」といったところであろう。
まあ、わたしについての解説は以前にもお話ししたし、この辺りでとどめておくとして――今日は『ホワイトデー』という催しについてお話しようと思う。
ホワイトデーという催しは、毎年三月十四日に開催される。
そしてその前の月、二月十四日の『バレンタインデー』と対になる‘特別な日’ということらしい。
バレンタインデーとは至極ステキな催しである、ということは体験済みではあったが、はたしてホワイトデーとはいったい如何なる催しなのだろうか? 非常に気になるところである。
で、なぜわたしがホワイトデーなる催しが気になるのか? と言うと――。
三月に入ったある日のこと、主(あるじ)がホワイトデーにお返しの為のお菓子を作ると言い出した。
聞くと、主はバレンタインデーの日に多くの女の子からチョコレートを貰い受けたのだという。
しかもそれらは市販のお菓子ではなく、すべてが手作りだったそうだ。
「せっかく手作りのチョコをもらったんだもの、こっちもなにか手作りでお返しをしなくちゃ!」
というのが主の言い分だ。
おお。なんという優しさ! そしてなんと生真面目で律義な性格なのだろう!
わたしは我が主に対して敬意の念を抱くと共に、手作りのお手伝いをしたいと申し出た次第でなのある。
手伝うといっても、わたしが出来ることといったらもっぱら味見のみである。
わたしは早速、主が腕によりをかけて作ったというお菓子を食してみた。
それは小さくて、丸くて、中にクリームが|挿《はさ》んであるシロモノである。
歯触りはサクサクとした軽いお菓子なのだが、これがどうも柔らかい軽石をかじっているようでなんとも味気ない。
それに口の中の粘膜に貼りつき、食べにくいことこの上ない。
しかし、主が言うには、これは女の子に大人気のチョーシャレオツなお菓子なのだという。
……ううむ。
今どきの女の子の嗜好というのはよく分からない。
こんな食べごたえのないモノを好むとは……女心を推し量るのはまったく至難のワザである。
私がやや辟易した面持ちでいると、主が言った。
「どうだい? ギド。いろんな味があるだろう?」
いろんな――味?
そう言われてみれば……。
私はこのお菓子が色とりどりであることに気が付いた。
ピンク、黄色、緑、紫、白、それに黒もある。
色によって味もそれぞれだ。
ピンクはイチゴ味。黄色はマンゴー味。緑は抹茶の味だし、紫は……イモだろうか?
白はほんのり甘いだけで、黒は……ゴマの風味がする。
なるほど!
このお菓子は中身がカスカスではあるが、目にも楽しく、味もバラエティに富んでいて、すばらしくポップでわくわくするようなお菓子であったのだ!
さすがは我が主である。
私は改めて主に敬意の念を抱くとともに、胸が熱くなるのを感じた。
はたして三月十四日の朝には、主は大きく膨らんだ紙袋を携え登校した。
中身はもちろんホワイトデー用の手作りお菓子である。
ラッピングは、透明の袋に入れカラーワイヤーで口を縛ったシンプルなものだ。
私は主の後ろ姿を見送りながら、鳶色の瞳をした小さな仲間の事を思っていた。
主は彼女にも当然お返しのお菓子を渡すはずである。
もちろん彼女は大喜びするに違いない。
私は、お菓子を受け取った彼女の喜ぶ顔を想像しながら、にまにまと顔をほころばせていた。
やがて夕方になり、主が帰宅した。
しかし、なぜだか浮かない顔をしている。
いったいどうしたというのだろう?
主はしばらく物憂げに考え込んでいたかと思うと、おもむろにこう切り出した。
「ギド、頼みたい事があるんだ。きいてくれるかい?」
頼みたい事……?
「実は――」
私は主の頼み事を、二つ返事で了承した。
わたしは彼女の家に向かった。主が学校で渡すことが出来なかったお菓子の包みを持って――。
主はホワイトデーのお菓子を彼女に渡すことが出来なかったという。
それはなぜかというと……。彼女が学校を病欠していたからだ。
彼女は、|流行《はや》り病であるインフルエンザという病魔に侵されてしまっていた。
インフルエンザというのは、ウィルス感染による流行性の疾患である。
高熱や咳、鼻水、喉の痛みなどの症状が伴う非常にタチの悪い風邪の一種だ。
学校を欠席したためお菓子を渡すことができなかった主は、彼女の家に届けに行こうと電話連絡で申し出をしたらしいのだが……。
彼女に、伝染(うつ)るといけないから来ないでくれと、きっぱり断られたそうだ。
「来ないで」と言われたのでは仕方がない。
が、しかし、主はどうしてもホワイトデーの当日にお菓子を渡したかったのである。
そこでこのわたしに白羽の矢が立った、という次第だ。
私は魔人族≪ヘカトンケイレス≫の最後の生き残りである。
人間がかかる疾患は、魔人続の私にとっては何の問題もない。人畜無害である。なので、インフルエンザウィルスなぞ、どんと来いなのだ。
彼女の家に到着すると、わたしは彼女の部屋の窓を爪でコンコンとノックした。
しばらくすると彼女が窓からのったりと顔をのぞかせた。
わたしは、彼女が「来ないで」と、主の訪問を断った理由が分かったような気がした。
この時の彼女の様子は――髪の毛はぼさぼさ。パジャマもよれよれで、表情もまったく冴えない……どころか元気が無い。
ここ何日もの間、彼女がいかに体調が悪かったということが手に取るように分かった。
インフルエンザとはひどく辛い病気なのだろう。
この様子だと、まだ熱が下がっていないのかもしれない……。
わたしは主から預かってきたお菓子の包みを彼女に差し出した。
彼女は、驚きながらもお菓子の包みをそっと受け取った。
そして、いとおしそうに包みを抱きしめたあと、はにかんだ笑みを浮かべながら「届けてくれてありがとう」と、がらがらの声で言った。
その様子がとても嬉しそうだったので、わたしは心がじいんとあたたかくなるのを感じた。
人に喜ばれるということはこちらも実に嬉しい。
そして、人が嬉しそうな顔を見るのはこの上なく幸せな気分になれる。
あまり長居をするのもいけないと思い、わたしは早々に立ち去ろうとした。が、大切なことを忘れていたのを思い出し、すぐに引き返した。
「えっなんだい? これ? えらくおっきなモンだなァ……」
不思議そうに見つめる彼女の目の前に、わたしはとある包みを差し出したのだ。
今日はホワイトデーである。
もちろんわたしも、バレンタインデーに彼女からもらったチョコのお返しのお菓子を持参して来たのだ。
そして、もちろん手作りである!
主が作ったお菓子は卵をふんだんに使ったものであるが、使ったのは白味のみである。
魔人族≪ヘカトンケイレス≫の最後の生き残りである。
わたしは、見た目は強面(こわもて)、額には異様な三つ目が光り、岩のようにバカでかいなりをした恐ろしい怪物ではあるが、内面は――自分で言うのもナンなのだが――いたって穏やか。心優しい性質の持ち主で、俗に言う「気は優しくて力持ち」といったところであろう。
まあ、わたしについての解説は以前にもお話ししたし、この辺りでとどめておくとして――今日は『ホワイトデー』という催しについてお話しようと思う。
ホワイトデーという催しは、毎年三月十四日に開催される。
そしてその前の月、二月十四日の『バレンタインデー』と対になる‘特別な日’ということらしい。
バレンタインデーとは至極ステキな催しである、ということは体験済みではあったが、はたしてホワイトデーとはいったい如何なる催しなのだろうか? 非常に気になるところである。
で、なぜわたしがホワイトデーなる催しが気になるのか? と言うと――。
三月に入ったある日のこと、主(あるじ)がホワイトデーにお返しの為のお菓子を作ると言い出した。
聞くと、主はバレンタインデーの日に多くの女の子からチョコレートを貰い受けたのだという。
しかもそれらは市販のお菓子ではなく、すべてが手作りだったそうだ。
「せっかく手作りのチョコをもらったんだもの、こっちもなにか手作りでお返しをしなくちゃ!」
というのが主の言い分だ。
おお。なんという優しさ! そしてなんと生真面目で律義な性格なのだろう!
わたしは我が主に対して敬意の念を抱くと共に、手作りのお手伝いをしたいと申し出た次第でなのある。
手伝うといっても、わたしが出来ることといったらもっぱら味見のみである。
わたしは早速、主が腕によりをかけて作ったというお菓子を食してみた。
それは小さくて、丸くて、中にクリームが|挿《はさ》んであるシロモノである。
歯触りはサクサクとした軽いお菓子なのだが、これがどうも柔らかい軽石をかじっているようでなんとも味気ない。
それに口の中の粘膜に貼りつき、食べにくいことこの上ない。
しかし、主が言うには、これは女の子に大人気のチョーシャレオツなお菓子なのだという。
……ううむ。
今どきの女の子の嗜好というのはよく分からない。
こんな食べごたえのないモノを好むとは……女心を推し量るのはまったく至難のワザである。
私がやや辟易した面持ちでいると、主が言った。
「どうだい? ギド。いろんな味があるだろう?」
いろんな――味?
そう言われてみれば……。
私はこのお菓子が色とりどりであることに気が付いた。
ピンク、黄色、緑、紫、白、それに黒もある。
色によって味もそれぞれだ。
ピンクはイチゴ味。黄色はマンゴー味。緑は抹茶の味だし、紫は……イモだろうか?
白はほんのり甘いだけで、黒は……ゴマの風味がする。
なるほど!
このお菓子は中身がカスカスではあるが、目にも楽しく、味もバラエティに富んでいて、すばらしくポップでわくわくするようなお菓子であったのだ!
さすがは我が主である。
私は改めて主に敬意の念を抱くとともに、胸が熱くなるのを感じた。
はたして三月十四日の朝には、主は大きく膨らんだ紙袋を携え登校した。
中身はもちろんホワイトデー用の手作りお菓子である。
ラッピングは、透明の袋に入れカラーワイヤーで口を縛ったシンプルなものだ。
私は主の後ろ姿を見送りながら、鳶色の瞳をした小さな仲間の事を思っていた。
主は彼女にも当然お返しのお菓子を渡すはずである。
もちろん彼女は大喜びするに違いない。
私は、お菓子を受け取った彼女の喜ぶ顔を想像しながら、にまにまと顔をほころばせていた。
やがて夕方になり、主が帰宅した。
しかし、なぜだか浮かない顔をしている。
いったいどうしたというのだろう?
主はしばらく物憂げに考え込んでいたかと思うと、おもむろにこう切り出した。
「ギド、頼みたい事があるんだ。きいてくれるかい?」
頼みたい事……?
「実は――」
私は主の頼み事を、二つ返事で了承した。
わたしは彼女の家に向かった。主が学校で渡すことが出来なかったお菓子の包みを持って――。
主はホワイトデーのお菓子を彼女に渡すことが出来なかったという。
それはなぜかというと……。彼女が学校を病欠していたからだ。
彼女は、|流行《はや》り病であるインフルエンザという病魔に侵されてしまっていた。
インフルエンザというのは、ウィルス感染による流行性の疾患である。
高熱や咳、鼻水、喉の痛みなどの症状が伴う非常にタチの悪い風邪の一種だ。
学校を欠席したためお菓子を渡すことができなかった主は、彼女の家に届けに行こうと電話連絡で申し出をしたらしいのだが……。
彼女に、伝染(うつ)るといけないから来ないでくれと、きっぱり断られたそうだ。
「来ないで」と言われたのでは仕方がない。
が、しかし、主はどうしてもホワイトデーの当日にお菓子を渡したかったのである。
そこでこのわたしに白羽の矢が立った、という次第だ。
私は魔人族≪ヘカトンケイレス≫の最後の生き残りである。
人間がかかる疾患は、魔人続の私にとっては何の問題もない。人畜無害である。なので、インフルエンザウィルスなぞ、どんと来いなのだ。
彼女の家に到着すると、わたしは彼女の部屋の窓を爪でコンコンとノックした。
しばらくすると彼女が窓からのったりと顔をのぞかせた。
わたしは、彼女が「来ないで」と、主の訪問を断った理由が分かったような気がした。
この時の彼女の様子は――髪の毛はぼさぼさ。パジャマもよれよれで、表情もまったく冴えない……どころか元気が無い。
ここ何日もの間、彼女がいかに体調が悪かったということが手に取るように分かった。
インフルエンザとはひどく辛い病気なのだろう。
この様子だと、まだ熱が下がっていないのかもしれない……。
わたしは主から預かってきたお菓子の包みを彼女に差し出した。
彼女は、驚きながらもお菓子の包みをそっと受け取った。
そして、いとおしそうに包みを抱きしめたあと、はにかんだ笑みを浮かべながら「届けてくれてありがとう」と、がらがらの声で言った。
その様子がとても嬉しそうだったので、わたしは心がじいんとあたたかくなるのを感じた。
人に喜ばれるということはこちらも実に嬉しい。
そして、人が嬉しそうな顔を見るのはこの上なく幸せな気分になれる。
あまり長居をするのもいけないと思い、わたしは早々に立ち去ろうとした。が、大切なことを忘れていたのを思い出し、すぐに引き返した。
「えっなんだい? これ? えらくおっきなモンだなァ……」
不思議そうに見つめる彼女の目の前に、わたしはとある包みを差し出したのだ。
今日はホワイトデーである。
もちろんわたしも、バレンタインデーに彼女からもらったチョコのお返しのお菓子を持参して来たのだ。
そして、もちろん手作りである!
主が作ったお菓子は卵をふんだんに使ったものであるが、使ったのは白味のみである。