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だって、どうしても

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夜が更けてゆく。年の暮れの、静かで寒い夜である。
黒子テツヤは自室で本を読んでいた。部屋には大きな本棚があり、本が隙間無く並んでいる。
もう寝たほうがいい時刻だ。
明日はウインターカップの準決勝がある。
だから身体を休めたほうがいい。そう頭は考える。
しかし、つい今日の試合を思い出す。
自分の試合、それから、そのあとに観戦した試合。あのときの興奮が冷めきらずに今も身体にある。
読書は、心を落ち着かせるためでもある。
完全には集中しきれていないのだけれども。
ふと、高い音が近くから聞こえてきて、黒子はビクッとする。
机の上にある携帯電話が鳴っているのだ。
黒子はしおりをはさんでから本を閉じて机に置き、携帯電話を手に取った。
だれが電話をかけてきたのかを、まず確認する。
携帯電話の画面に表示されているのは。
黄瀬涼太。
一瞬にして、今日観戦した黄瀬の試合が鮮明によみがえってきた。
その光景を頭から消し去るように、黒子は通話ボタンを強く押した。
「はい」
『あ、黒子っち。遅くに申し訳ないっス』
「いえ、大丈夫です」
できるだけ今日あったことを思い出さないようにして、冷静な声で話す。
「それで、なんの用ですか?」
『特に用はないっス。ただ黒子っちの声、聞きたかっただけっスよ』
携帯電話から、あっけらかんとした明るい声が返ってきた。
「またそういう冗談を」
これまで何度も黄瀬からこの手のことを言われてきたので、黒子はいつものように素っ気なく流した。
『……今日の試合』
ふいに、黄瀬は声のトーンを落とした。
暗いわけではない、さっきまでと比べると落ち着いた声。
『応援してもらえて嬉しかったっス』
また、思い出す。条件反射のように止めようもなく頭に浮かんでくる。
海常高校と福田総合学園の試合。
それは、キセキの世代の元五人目と今の五人目の対決でもあった。
キセキの世代の元五人目、灰崎祥吾。
灰崎が帝光中学校のバスケ部に在籍中は、黄瀬は一度も灰崎に勝てたことがなかった。
そして、今日の試合でも、見た技をどんどん奪っていく灰崎に圧倒され海常は追いつめられていた。
最終第四クォーターが始まった時点では、海常は福田総合に負けていた。
黄瀬の技のストックは尽きかけていた。
問題はそれだけはなかった。
黄瀬は過剰練習で身体を痛めてしまっているようだった。
そんな黄瀬を、灰崎はあざ笑った。
だから。
あのとき、自分は。
思い出す。
けれども、すぐに、その記憶を頭から消し去る。
完全に消し去れていなくても、それを意識しないようにする。
「勝てて良かったです」
感情の揺れが声に出ないように気を使いながら言った。
『黒子っち』
黄瀬の明るい声が携帯電話越しに耳のすぐそばから聞こえる。
『ご褒美、もらえないっスか?』
「……は?」
『家の外に出てほしいっス』
「え」
『オレ、今、黒子っちの家の外にいるんっスわ』
「なん……!」
なんだって、と声をあげかけて、途中で止める。
しかし、心は動揺したままで、黒子は携帯電話の通話をブチッと切ると同時に立ちあがり、さらに自分の部屋から飛び出した。
急いで、それでいながら足音をあまりたてないようにして玄関へと向かう。
やがて玄関に着き、さらに家の外へと出た。
風が吹きつけてきた。冬の冷たい風だ。
雪が降ってきてもおかしくなぐらいの寒さである。
冷たい風の吹く寒い中、黄瀬が立っていた。
黄瀬は黒子が家から出てくるのを見て、嬉しそうに笑った。綺麗な顔が輝いた。
黒子は黄瀬に近づいていき、その正面に立つ。
そして、声を発する。
「なにを考えてるんだ!」
言葉が勝手に口から出ていく。
頭が考えるのが追いつかない。
「明日も試合じゃないか! だいたいキミは足を痛めてるんじゃないのか!? それなのに、なんで、こんな時間に、こんなところに……!!」
ダメだ。そう思う。
でも、冷静になれない。
「キミはバカなのか!?」
ひどい言葉を投げつけてしまう。
すると、きょとんとした様子で聞いていた黄瀬が少し困ったような表情になった。
「あー、たしかにバカかもしんないっスね」
そう言ったあと、その表情がまた変わる。
「でも」
その眼が真っ直ぐに向けられる。
「だって、どうしても、黒子っちに直接会って言いたかったんっス」
綺麗な眼に、とらえられる。
「信じてるって言ってくれて、ありがとうって」
告げられた瞬間、思い出した。
灰崎が黄瀬をあざ笑ったとき、観客席から立ちあがった。
そして、試合会場に響き渡る大声を出して、コートにいる黄瀬に伝えた。
信じてますから、と。
あのとき頭はなにも考えていなかった。
ただ、そうせずにはいられなかったのだ。
「それと、もうひとつ」
黄瀬は続ける。
「黒子っち、大好きっス!」
明るい、無邪気な笑顔。
その笑顔と言葉に胸を押されたような気がしたが、それを打ち消して、言う。
「また冗談」
「冗談じゃない」
黄瀬はセリフを途中で奪い取って否定し、告げる。
「本気」
その眼差しは真剣。
「オレを信じて」
言葉が胸に響く。
卑怯だと思う。
だって、自分はもうすでに言ってしまっている。
信じていると言ってしまっている。
だから、もう冗談では流せない。
真正面から向き合わなければならない。
自分の本当の気持ちを伝えなければならない。
「……っ」
黒子は歯を食いしばりながら眼をそらし、うつむいた。
「………………キミには負けます」
これが自分の精一杯だった。
だが、それで黄瀬にはちゃんと伝わったらしい。
次の瞬間、距離が詰められ、腕が伸ばされてきて、抱き寄せられた。
思いきり恥ずかしくも感じたが、さからわずにいる。
しかし、言っておく。
「でも、明日の試合は勝ちます」
「えー、オレも勝つつもりっスよ」
嬉しそうな弾んだ声で黄瀬がしっかりと抱きしめながら言い返してきた。













作品名:だって、どうしても 作家名:hujio