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金銀花

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「……何だったかな、本物の男になりたいと言っていたような」

 曖昧な義父に助三郎はうなだれた。
格之進のように怒鳴りつけたくなったが、嫁の父親に出来るはずがない。
ぐっとこらえて、座っていた。
 その夫の真意を汲み取り、早苗は父親に食ってかかった。

「いい加減なこと言ってないで、はっきり思い出してください!」

「……秘薬の調合方法を教えたような。そうだ、教えたんだ。……で、今は男になっているのか?」

「はい。……あの、ということは、千鶴は今本当の男なのですか?」

 恐る恐る助三郎が聞いた。

「どうだろう? その秘術は翻訳しただけで、実際に試してはいない。本当に出来るかはわからんのだ」

 またも黙りこくる助三郎を横に、早苗は父親に怒鳴りつけた。

「即刻確かめてください! 千鶴ちゃん連れてくるので!」

「わかった。わかったから、そう怒鳴るな……」


 早苗は女のままでも十分怖かった。そんなのが男に変わって、物凄い勢いで怒れば怖いに決まっている。


 早苗は助三郎とともにいったん帰宅し、嫌がる千鶴を橋野家へ連行した。
時間がかかると言われたので、彼の見張りに弥七をつけ家で待つことにした。
 美佳への説明も必要だった。
 

 早苗は美佳に今起こっていることをあらいざらい話した。
義母は神妙に聞き、たまに質問を返すだけで、取り乱しも怒鳴りも泣きもしなかった。
 さすがだと内心感心しているうちに、又兵衛が千鶴を伴い帰宅した。

 千鶴を部屋に閉じ込めた後、佐々木家の面々を居間に集め、又兵衛は重い口を開いた。


「……千鶴殿は、完全に心も身体も男になっておった」

 この言葉に、助三郎が一番衝撃を受けていた。
 うろたえる夫の代りに、早苗が問うた。

「……ということは?」

「……女との間に、子を成せる身体だ。完全に、男だ」

 この言葉に、美佳がようやく驚きの表情を見せた。
助三郎はうなだれ頭を上げなくなった。


「……それで、解毒剤は?」

「……残念だが、効かない。ここにそう書いてある」

 差し出された巻物は、早苗が伊賀で受け取ったときと同じだった。
当主にしか解読できないらしい意味のわからない文字の羅列も、変わってはいなかった。
 しかし、注意書きのようなものがそばにくっついているのを早苗は見つけた。

「これは? ここには何と書いてあるのですか?」

「……本当の異性になる際に、記憶を消したい場合の説明だ」

「どういう事ですか?」

 美佳が又兵衛に聞いた。

「例えば、女が苦肉の策に男になるとします。その際に、好きな旦那や子供の記憶が残ったまま、男になって女と一緒になると色々辛いでしょう?」

「……そうですね」

「早苗は、わかるな?」

「……はい」

 早苗は経験済みだった。男の姿から戻れなくなった時、助三郎との思い出を消し去る事がどうしてもできず、恋しい気持ちも消すことができなかった。
そのせいで気が触れる寸前まで行った。
 そんなことを経験しなくてもすむ方法が実際あったことに、早苗はすっと寒気を覚えた。
 しかし、この時の助三郎の蒼白の顔には気付いていなかった。

 説明をすべて終えた又兵衛は突然、脇差を目の前に置いた。
早苗は驚いた。

「……父上?」

 又兵衛は真剣だった。手を畳につき、美佳と助三郎に向かい深々と頭を下げた。

「美佳殿、助三郎殿、誠に申し訳ない。この場で腹を斬って詫びる」

 とたんに、美佳が止めた。

「橋野さま、それだけはお止め下さい!」

「しかし……」

「千鶴は、娘は息子になったかもしれませんが、生きています! それだけで十分です!」

「……義母上?」

 早苗は意外な美佳の言動に驚いた。
最初に千鶴が男になった時気絶までした義母が、今怒りもせず、現状を受け入れていることにあっけにとられていた。


「戻せないのなら、それにあの子が戻りたくないのなら仕方のないこと。あの子の身の振り方はこれから考えます」

「……本当に、よろしいのですか?」

「はい」

 美佳の決意の込められた顔を見ると、又兵衛は姿勢を直し真面目に言った。

「……それならば、美佳殿、某の責任ゆえ、最大限の御力添えを約束致す」

「ありがとうございます」


 その時、何故か助三郎は小走りでその場から、誰に何も告げずに去った。
気付いた早苗は彼の後を追った。

 助三郎は、夫婦の部屋にいた。
部屋の隅に置いてある机の前に座り、机に肘をつき頭を抱えていた。
 そのそばには、江戸で買い求め水戸のこの家に送ってもらった千鶴の為の反物が転がっていた。
早苗と美佳は受け取ったが、千鶴には渡せていなかった。

 うなだれる夫にそっと早苗は声をかけた。

「……大丈夫?」

 すると、無理して作った笑顔で返事が返ってきた。
声が、震えていた。

「あぁ、平気だ。どうってことない。ただ千鶴が……俺の妹が……バカな俺のせいで……」


 早苗は耐えられず言った。
 
「全部わたしのせい…… 助三郎さまの……」

 言い終わらないうちに、怒鳴り声が部屋に響いた。

「違う! お前のせいじゃない! 二度と言うな! すべては俺の責任だ!」

 早苗はびっくりして、言葉を失った。
驚いた妻の姿に気付いた助三郎はすぐさま彼女に近づき謝った。

「すまん…… 怒鳴ったりして」

「……ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 早苗は泣き出した。
絶対に『お前のせい』と言わない夫の優しさに、申し訳なさ不甲斐なさが溢れ出し、我慢できなくなった。
 

「泣かないでくれ。頼むから……」

 そういう助三郎も泣いていた。泣きながら早苗を抱き寄せた。

「……早苗、側に居てくれるか?」

「……うん」


 少し泣いた後、助三郎は畳の上に転がった反物を手にしていた。

「これ、千鶴に買ったのに。似合うと思ったのに。似合わない姿になっちまった…… 俺のせいで……」

「……自分を責めないで。ね?」

「どうして? なんで? なんで男なんかに……」


 
 二人が泣き続け、どんよりと澱んだ部屋とは対照的に、詫びの印だった千鶴の反物は、春の日を彷彿とさせる明るい華やかな萌黄色だった。
 
作品名:金銀花 作家名:喜世