金銀花
助三郎は佐々木家当主として、千鶴の兄として、香代の父である水野家当主と話し合う必要があった。
「……これからよろしいでしょうか?」
「はい」
皆で、水野家の屋敷へと向かった。
居間に通され、少し待つと香代の母親も出てきた。
四人の話し合いの席の口火を切ったのは助三郎だった。
「お言葉ですが、水野様は香代殿に見合いを強要されているのですか?」
「……そういうつもりではありません。良い婿をと焦るあまり、やり過ぎたのかもしれませんな」
「そうでしたか……」
すると、香代の母が付け加えた。
「一日五人という日も有ったんです。少しやり過ぎでしょう?」
「……そうですね。それで、香代殿と水野様のお目に適った方は?」
「私は数人目星をつけたのですが、香代が全く乗り気ではありません」
すると、母親からはこんな言葉が返ってきた。
「わたしは、娘に好きな殿方がいるのではと言ったんですが。香代本人が何も言わないので……」
「……そうなのですか?」
父親はこのことを知っているのか、助三郎は確認を取った。
「はい。妻から聞いてすぐに香代に聞きましたが、だんまりを決め込んで…… しかし、さっきの一件で娘の気持ちがわかりました。……されど、あの若者は佐々木様の御親戚ですか?」」
「あれは、某の……弟です」
「……弟? はて、いらっしゃったかな?」
「……信じて頂けないかもしれませんが、元は妹の千鶴です」
「え?」
助三郎は早苗と一緒に事細かに事情を話し始めた。
二人が密会していたという事実は受け入れられたが、どうしても千鶴が男になった理由が理解されなかった。普通ならば有りえない『変身』を信じてもらうために早苗が格之進に変わった。このことで香代の母が驚きのあまり気絶するという珍騒動になったが、理解を得ることができ丸く収まった。
香代の父は、助三郎に向い頭を下げた。
「佐々木さまには大変迷惑を掛けてしまった。たった一人の妹御を、うちの娘の為に…… 本当に申し訳ない」
「……お気になさらず。あれの身の振り方はこれからゆっくり考えます」
すると、頭をあげさも不思議だというような感じで言った。
「特に決めてはいらっしゃらないのですかな?」
「はい。……次男とはそういうものでしょう」
「少しよろしいかな?」
香代の父は、妻と手短に相談し助三郎に向い再び手をつき、頭を下げた。
「こんな時に失礼かもしれませんが、よろしければ、千鶴殿の婿入りの件、お考え頂けないでしょうか?」
「え?」
「……香代が一番好いているのは、千鶴殿。千鶴殿も、香代の為に女を棄て男になってくれた。
それを無碍にはできないでしょう?」
「はぁ…… まぁ……」
「佐々木様など、当家には手の届かないような御家柄。しかし、千鶴殿は龍之介の子です」
「……えっ?」
「助三郎殿も、龍之介の子。……千鶴殿は、娘を託すに値する男だと思うのです」
「……それはどういう?」
まだ若い佐々木家の当主のきょとんとした顔に、水野家当主は笑った。
助三郎の父とは同年代。息子同然の歳である助三郎を微笑みながら見つめた。
「龍之介は、女に関してはクソがつくぐらい真面目な男だったのですが、聞いたこと有りませんか?」
「……はい」
「そうですか。ならばいい機会だ。お教えしよう。……美佳殿には内密に」
「はぁ……」
よく聞く『内密に』という言葉。
助三郎は常日頃疑問に思っていた。しかし、今は父の話を聞けるまたとない機会。
雑念を追いやり、香代の父の話に聞き入った。
「龍之介はな、絶対に女を買わなかった。いつもつるんで遊んでいた仲間が誘っても絶対に行かなかった」
「えっ?」
「一番立派なのは、美佳殿を一心に愛し、どんな時も見捨てはしなかった事。短い生涯だったが、幸せだったと思う」
助三郎は驚きを隠せなかった。
今まで聞いたことのない父の姿。
一方、香代の母から同じような話が出てきた。
「美佳さんもお幸せな方。家も何もかも無視して、美佳さんだけ佐々木さまは見ていたの。あんなに旦那様に愛されて。わたしたちも憧れたんですよ」
「……そうなのですか?」
一度も聞いたことのない母の過去。
未だに疑問や不明な点は残るが、今は突っ込んで聞く時ではない。
もっともそうする前に、そんな疑問は吹っ飛んだ。
「佐々木さまも、早苗さんも、同じくらい噂になってますよ。ねぇ? 貴方」
「あぁ。そういえばそうだった」
「え? どんな噂ですか!?」
「……手を繋いで歩いてるとか。いろいろ」
「やっと理由がわかりましたよ。佐々木殿と渥美殿が物凄く仲が良いのが。義兄弟ではなく、夫婦だからか。ハッハッハ」
早苗は助三郎とともに水野夫婦の言葉に真っ赤になってしまった。
「あ、いけない。冗談はこれまで。先ほどの件、是非ご検討頂きたい。よろしくお願い致します」
深々と頭を下げる水野家夫妻に、佐々木家の二人も頭を下げた。
帰り道、助三郎はぼそっと言った。
「……父上、母上って本当に仲良かったのかな?」
「一回も聞いたことないの?」
「……あぁ。母上から父上の話は全然聞いたことがない。なぜかわからないが、聞くと必ずはぐらかされるんだ」
「……そうなの?」
助三郎は寂しそうな表情を浮かべ呟いた。
「俺や千鶴に言いたくない理由が何かあるのかもしれないな」
「そうね」
しばらく沈黙が続いたが、助三郎が再び口を開いた。
そこからは、弱気な言葉は出てこなかった。
「ひとまず帰ったらすぐに母上と千鶴のことを相談だ。いいな?」
「うん」
「千鶴は、しばらく蔵暮らしだ。駆け落ち未遂で謹慎処分」
「わかりました」
「差し入れとかするんじゃないぞ」
「え。ダメなの?」
「当たり前だ。罰なんだから」
「はい……」
千鶴の身の振り方が、決まろうとしていた。
同時に、助三郎の立ち直りも上手くいくように見えた。