風香の七日間戦争
風香は小岩井の背中に抱きついた。
「ど、どうしたの」
「小岩井さんやさしい! しばらくこうしてていいですか?」
「あ、うん」
「私の裸見たんだから、責任取ってくださいね」
「ええ!?」
「ふふ、うそですよ」
背中に当たる、風香の柔らかなふくらみの感触が心地よい。
さらに先ほど偶然目にした風香の胸が脳裏に甦る。
「立派だな」
小岩井は思わずつぶやいた。
風香はその言葉の意味を思い出すと、小岩井から離れ、胸をガードし、小岩井の頭を引っぱたいた。
「小岩井さんやっぱりえっち!」
「はっ、すみません」
さて時間はお昼を回っている。
「小岩井さん、お昼どうしますか? お腹すいてます?」
「うん、腹は減ってるけど、冷蔵庫に何かあったかな」
「それじゃ見てみますね」
台所に行き冷蔵庫の中を見るが、昼食になりそうな食材はほとんどない。
「何もないですね。どうしましょう」
「俺はカップ麺ぐらいしか買い置きしないからなあ。外暑いけど食べに行く? ついでに夕飯の買い物しちゃおうか」
「いいですね」
「それじゃ支度して出かけよう」
戸締まりをし玄関から出ようとして、小岩井は風香の髪の毛に気がついた。
「風香ちゃん、前髪はねてる」
「そうなんですよね。髪の毛とかしてても、ここだけはねちゃうんです」
「へー、どうなってるんだ」
小岩井が前髪を見るため近づいてくると、風香はドキッとする。
そこに風香の母がチャイムを押して入ってきた。
「こんにちはー。きんぴら作ったんだけど食べ……」
風香の母は寄り添っている二人を見ると笑顔が凍りつき、そのまま玄関のドアを閉めた。
「綾瀬さん!」
「お母さん! 違う!」
二人は風香の母を追いかけ、なんとか誤解を解いた。
「あーびっくりした。玄関で迂闊なことはできないな」
「ほんとにキスしてたらお母さんひっくり返ったかも」
そう言ってから昨夜のことをまた思い出し、風香は赤くなってしまう。
二人は外へ出かけ、商店街を歩く。
「風香ちゃん、お昼に食べたいものある?」
「牛丼!」
「へ?」
「だって女の子だけじゃ、牛丼屋さんに入れないもん」
確かに牛丼屋で女子高生は見かけないなと納得する。
二人は牛丼屋に入っていった。
中に入ると、風香が周りを珍しそうに見ている。
そして運ばれてきた牛丼を、育ち盛りの風香はたいらげた。
食べ終わって店を出ると、小岩井は風香に聞いてみた。
「どうだった?」
「思ったよりおいしかった。前食べたお弁当の牛丼とはちょっと違う感じ」
「なるほど。じゃあスーパー行こうか」
今日は自然に風香が腕を組んでくる。
「小岩井さんはよつばちゃんに、いつもどういうお料理作ってあげてるの?」
「やっぱりカレーは多いかなぁ。後はパスタ、チャーハン、おにぎり、麻婆豆腐……あとソーセージ丼ていうのもある」
「ソーセージ丼? 何ですかそれ」
「どんぶりご飯に、炒めたソーセージと目玉焼き、海苔を乗っけたやつ」
「へー、おもしろーい」
結局何も決まらないままスーパーについてしまい、とりあえず店内を見て回る。
「あっ、思い出した。私他人丼作れます」
「んんー? 何それ」
「親子丼の鶏肉の代わりに、豚肉や牛肉を入れるんです。おいしいですよ」
「なるほどね。それで他人丼か。じゃあそれにしようか」
材料を買って二人は店を出た。
家に帰ると中は蒸し風呂状態である。
「あっつーい」
居間のエアコンをつけしばらくすると、やっと汗が引いてくる。
そのまま涼んでいると、みうらの母親から電話がきた。
「……はい。ええそうです。わかりました。それじゃよろしくお願いします」
「どうしたんですか」
「よつばと恵那ちゃんはみうらちゃんの家で夕飯をお呼ばれアンドお泊まりだそうだ」
「えー、そうなんですか。じゃあ晩ご飯どうしましょう。買ってきたの食べちゃいます?」
「そうするしかないなぁ」
そのとき風香は気づいた。
(よつばちゃんがお泊まりってことは、今日は小岩井さんと二人っきり?)
(じゃあ、もしかしたら私今夜……)
風香が期待に胸をふくらませているとき、小岩井もそのことに気づき焦っていた。
(さすがに風香ちゃんと二人きりというのはまずい)
(しかしいまさら家に帰れというのも酷だろうし)
(どうする俺?)
だがそれぞれの期待と心配は、かかってきた電話で消え去った。
「コイか、俺だ」
「なんだジャンボか」
「これから食材買ってくから鍋やろうぜ」
「なべー!? このくそ暑いのにかぁ」
「暑いときに熱いのを食うのがいいんだよ。じゃあ坦々鍋だからな。腹減らしとけよ」
「おい! 今日は鍋は……切れた」
「ジャンボさんどうしたんですか」
「これから坦々鍋の材料を持って、夕食を食べに来るそうだ」
「え゛ー、鍋ですかー。考えただけで暑そー!」
「まあとりあえずジャンボが来るのを待とう」
ほどなく小岩井の友人・ジャンボこと竹田隆がやってきた。
その大きな体を屈めて玄関から入ってくる。
「おー来たぞー」
「ジャンボさん、いらっしゃい」
「あれ? 風香ちゃんがなんで? ああ、俺の坦々鍋を食いに来たのか」
「違います」
風香はにこやかに否定した。
「風香ちゃんはちょっと理由ありで、今うちに泊ってるんだ」
「おおあれか。微妙なお年頃ってやつか。ところでよつばはどうした」
「今日はみうらちゃんの家に泊ってくる」
「ちょっと待て。それじゃ俺が来なかったら今日はおまえら二人っきりの夜を…… なんだ先に言ってくれたらよかったのに。風香ちゃん、俺お邪魔だった?」
「知りません」
風香は少しすねてみせる。
「じゃあお詫びに料理は全部俺が作る! 二人はテレビでも見ててくれ」
「大丈夫ですか? 私手伝いますよ?」
「いいって、いいって」
そして鍋は完成した。
「いただきまーす!」
結局一同は鍋をたいらげてしまった。
「あー食ったー。さて、じゃあ俺は帰るか」
「ええっ!? 帰るのか!?」
「明日仕事だからな。じゃあコイ、すまんが洗い物だけ頼むわ」
「あっ、私がやっときます」
「風香ちゃんはいい嫁さんになりそうだな。コイよ、風香ちゃんに手ぇ出すなよ。それじゃおやすみ」
「ごちそうさまでした。おやすみなさーい」
ジャンボは帰って行った。
「じゃあ風呂沸しとくんで、悪いけど片づけ終わったら先に入ってもらえるかな。俺はちょっと終わらせておきたい仕事があるんで」
「はっ、はい」
洗い物を終わらせて風呂に入る。
風香はいつもより念入りに、体を磨き上げた。
「ふっふっふっ、見よ、乙女の玉の肌」
風呂から上がり部屋に向かうと緊張してくる。
だが小岩井はまだ自分の部屋で仕事をしていた。
「小岩井さん、お風呂から上がりました。お仕事まだ終わらないんですか?」
「うん、もうちょっとかかりそうなんで、先に寝てていいよ」
「あ、はい……」
風香はちょっとがっかりした。
部屋に入り布団の上に横になる。
(小岩井さん、隣の部屋にいるんだよね)
(小岩井さんて私のことどう思ってるのかな)
(もっと小岩井さんとお話ししたいな)
風香は小岩井の仕事が終わるのを待っていた。
だが昨日の寝不足のため、いつの間にか眠ってしまったのであった。