鈍感と天然
生来からそういう性質だったのか、はたまた破壊と自滅によって大量のエネルギーを消費するためそうなったのか。理由は本人にもよくわからず、また知りたいとも思っていないので迷宮入りの謎になりかけているが、とかく、平和島静雄は甘いものが好きだった。俗に言う甘党というやつである。
そして、彼はそれを隠していない。公言こそしていないが、隠れて食べるようなこともしていない。
好きなものを好きなものとして扱って何が悪いのか。
だいぶシンプルにできている彼の思考回路がそう導き出した結果である。
ゆえに静雄は、今日も今日とて平均的な男子高校生より少ないこづかいとアルバイトで稼いだお金を削って購入したコンビニのケーキを自宅のリビングで頬張っていた。
「……」
生クリームがのったスポンジをプラスチックのフォークですくいとり、口に運ぶ。
大量生産で、かつ流行りのささやかな高級嗜好も取り入れていないごくごく普通のショートケーキの生クリームは、コスト削減のためにふんだんに使われた砂糖によって容赦なく甘い。だが、こういった安っぽい味に慣れている静雄の舌は普通に美味という数値を叩き出し、それを脳に送る。その刺激を頼りに脳は新たな信号を送り出し、それによってしかめっ面や憤怒の表情を作ることが多い静雄の表情筋は微笑の形にたわんだ。
「……」
そんな兄を、無表情で見つめる弟が一人。
凝視に近い視線はともすれば物欲しげにも呆れているようにも見えるが、そういう類いのものでないことは長年の経験から熟知している兄は、特に気に留めることもなくフォークを進ませる。
しかし、弟の目の前に置かれたケーキ(静雄が購入したのは、二個で二百円強というお手ごろ価格のものだった)がなかなか減らないのを見ると、さすがに食べる手を休めて弟の目を見つめ返す。
「幽、食わないのか?」
「食べるよ」
「そっか」
素っ気ない返答だったが、これもそういうものだと知っているので静雄は気にしない。
ならいいんだと、フォークで甘い城を切り崩す作業に戻ろうとする。
だが、それよりも早く、幽の手がそっと顎に添えられた。
「幽?」
「ついてる」
疑問の声を上げると同時に、肉親である静雄さえ見とれかけるほどに整った顔が近づく。
突然の接近も相俟って、驚きに体を強張らせる。そんな兄を後目に、幽は近づけた顔を口元まで持っていくと、そっと突き出した舌で唇の端を拭った。
「……」
「ついてた」
「……」
「生クリーム」
「……ん、ああ、そっか」
ありがとな、と。
端的な言葉が意味する事実を察した静雄は、謝礼の言葉を口にする。それにどういたしましてと返した後、幽は静雄から顔を離し、浮かせていた腰を椅子に戻した。
それから、今まで手つかずであったショートケーキにフォークを突き立てる。
「……」
最初に苺を口に運んでから、プラスチックのフォークでスポンジの方を切り崩す。生クリームと一緒にシロップ漬けの白桃を挟み込んであるスポンジをもしゃもしゃと食べ始めた弟に、兄はよく崩さないで食えるなあ、と感嘆の視線を向ける。ほどなくして、静雄もまた、ケーキ攻略に取り組み始めた。
(…………ん?)
そして、半分ほどあったケーキを四分の一プラス苺まで減らしたところで、はたと違和感に気づく。
だが、結局彼はその違和感の正体に気づくことはなく、数分後、二つのショートケーキは何事もなく兄弟の腹の中に収まったのであった。