どっちもどっち
幼少のころ、兄がその特異性を初めて垣間見させた日に冷蔵庫をぶつけられかけた時のような、殺されるかもしれなかったという、後に回想で今さらながらに気づく類いのできごとではない。
文字通り、殺されかけた。
至るところの骨にはヒビが入り、あるいは折れ、臓器はいくつも損傷を受けた。幸い命に別状はなく、後遺症が残るようなこともなかったが、あと少し深手だったらそれさえ危ういくらいの、重傷だった。
無論、決して故意ではない。
きっかけは、小型トラックの信号無視。
青信号の横断歩道に突っ込んできた車から弟の身を守るため、隣にいた兄は弟を庇いながら車を片手で押し留めた。そして、同じくらいの力を、弟を抱きしめる腕に込めてしまった。そんなつもりはなかった。だが、片腕の力だけ加減するという芸当が、力のセーブすらできない彼にできるわけがなかったのだ。
結果、幽は何週間も入院した。
兄は、一度も見舞いに来なかった。
それどころか、自分の入院中は学校にもほとんど行っていなかったことを、幽は後から知った。それを教えてくれた両親は、兄を嫌わないでくれと懇願するように幽に言った。そして、これからはできるだけ兄と距離を置いてくれとも言われた。兄がどれだけ精神的に危うくなっているかは、その言葉で十分に察することができた。
兄を嫌う、という選択は幽の中になかった。
兄が助けてくれなければ自分は車に轢かれて、兄に特異な力がなければ代わりに兄がベッドか墓場行きだったことは承知していた。それ以上に、兄を嫌いになる自分を幽は少しも想像できなかった。
しかし、兄の方がそれを理解してくれる保障はどこにもない。
両親の話を聞いた時、幽は焦った。感情が閉塞的になってからどころか、今まで生きてきた中で最も焦った。
だから幽は、退院したその日に兄を犯した。
怯えるような目で体を強張らせ、けれど一切の抵抗をしなかった兄を、できるだけ手酷く抱いた。
そして事が終わった後、また弟を傷つけるかもしれないという恐怖を忘れて呆然としていた兄に向かって、幽は淡々とした声で紡いだ言葉を放った。
「これでおあいこ」
兄はしばらく呆けた後、泣き笑いのような表情でああ、と応えた。
平和島幽は、今も兄とは良好の関係を築いている。