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血濡れたままそこに立つ(文仙/落乱腐向け)

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「……重い」
真夜中の物音と身体にのしかかってきた重みに、文次郎は息苦しさを覚え意識を覚醒させた。忍という性質上、気配には敏感に出来ているから廊下から聞こえる足音で意識は浮上していけれど、目を開けなかったのは足音が同室者のものであるとわかっていたからだ。
もう虎の刻も過ぎているのか、障子の向こうの月は随分と低い位置にあった。
「帰ってきていきなりなんだ。人の安眠を妨げるな」
「…………、」
「仙蔵?」
問いかけても口を開かない同室者を怪訝に思い、眠気で落ちてくる目蓋を無理やり開くと予想以上近くに綺麗な顔があって僅かばかり驚く。
あまりに近くてぼやける焦点を合わせて暗闇の中じっと目を凝らせば、平素の深緑色の忍び服とは違う鮮やかな着物の色に、彼が女装姿のまま変装を解いていないことが知れた。うっすらと施された化粧が月明かりの下で艶かしい。
「どうしたんだ」
「……」
「仙蔵、返事くらいしろ」
布団に仰向けに寝転んでいる文次郎に容赦なく体重を預け覆い被さった仙蔵は、文次郎にのしかかったまま微動だにしない。
何かあったんだなと軽く溜め息を付き文次郎は身体を起こすと、顔を上げない同室者に痺れを切らして枕元に合った蝋燭に火を灯した。仙蔵の顎に手をかけて上を向かせ覗き込む。その顔には疲労の色が濃く、切れ長の目の下には白粉の上からでもわかるほどはっきりと隈が浮かんでいた。
珍しいその隈に文次郎が指を這わすと、仙蔵ははっきりと疲れを滲ませた笑みを浮かべてふっと息を吐いた。ひどく疲れたようなけだるげな吐息が指先を擽る。
彼が変装時に愛用する香の中に血の臭いを嗅ぎ取り、文次郎は眉を顰めた。
「……失敗でもしたのか?」
「私がそんなヘマするか」
「怪我してるなら伊作に診て貰えよ。血の臭いがするぞ」
「私のではない、返り血だ」
乾ききっていない髪はまだ冷たく、しっとりと濡れていた。
水で血を流し落としてきたらしいのだろうが、それでも血の臭いは濃く残っている。べっとりと付いた血の臭いはなかなか取れない。
いまさら血の臭い程度で文句を言うほどの繊細さは残っていなかったけれど、仙蔵の平素とは違う重苦しい雰囲気に文次郎は深く溜息を吐く。
「何があったか、聞いて欲しいのか?」
「……」
「言いたくないんだったらさっさと寝ろ」
肩口に顔を埋めて横に振る仙蔵の男にしては華奢な背に腕を回し、文次郎は布団の中に引っ張り込んだ。一人用の布団は男二人で入るには狭いが、細身の身体をしっかりと抱きしめてしまえば上掛けも十分事足りる。
一人で寝かしてもいいのだが、部屋に戻ってきてすぐに自分の布団に潜り込まず文次郎に擦り寄ってきたところを考えると一人で眠りたくはないのだろう。
仙蔵を引っ張り込んだところで、彼がまだ女装姿を解いていないことを思い出したが、まぁいいかとあっさり思考を放棄する。夜着越しに夜の空気に冷えた仙蔵の体温が伝わって、文次郎の体も冷やした。
「明日も早いからな」
「知っている」
どうしようもなく辛いことがあると、昔から仙蔵はこうやって無言で擦り寄ってきて離れなくなることを文次郎は知っている。何が辛いのかは話さない、話さないけれどじっと身を寄せて夜をやり過ごす。
だからそれ以上何も言わず訊かず、縋り付くように身を寄せた仙蔵を緩く抱きしめ文次郎は再び目を閉じた。
きっと、明日になれば辛いことも悲しいこともすべてを昨日に置いて、彼はまた不敵に笑うから、この弱さは暗い夜の幻。