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両方、愛してる(竹孫/落乱腐向け)

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孫兵とジュンコは、まるで番(つがい)のようだと時々竹谷は思う。
愛しげにジュンコを撫でる孫兵の柔らかな表情に口に出したことはないが、嫉妬染みた感情を覚えたことは一度や二度ではないし、俺とジュンコのどちらが大事なんだなんて馬鹿げた質問を孫兵に向かって口に出しかけたことも一度や二度ではない。
ペットの蛇にまで嫉妬するなんてよっぽど入れ込んでるんだな、と愚痴を漏らした俺に三郎はおかしげに笑ったけれど、俺の立場になってみれば三郎だってきっと同じことを嫌って程思うはずだ。
番のように常に寄り添いう一人と一匹は今日も一緒にいる。
ジュンコの弁柄色の鱗が孫兵の白い肌の上を這うたびに、言い表せぬもやもやとしたものを覚えて竹谷はガシガシと乱暴に痛んだ髪を掻き毟った。
これは嫉妬だ、酷くつまらない嫉妬だとわかっている。
わかっているけれど湧き上がる感情はどうしようもなく、我ながら女々しいと自覚しつつも、竹谷は頭ひとつ小さな大切な後輩に少しばかり恨めしげな視線を投げかけた。
先ほどから特に隠すでもなく物言いたげに孫兵を見ていたせいか、生物委員会の飼育小屋で飼われている動物や蟲達に餌をやっていた孫兵は、「いったいさっきからなんなんですか!」とすぐさま顔を上げる。いい加減じっと見詰められることに痺れを切らしたらしい。
「先ほどから、何か物言いたげにこちらを見ていますがいったい何なんです」
「あー」
「なんでもない、というような顔ではありませんよ」
ぽりぽりと頬を掻いて今更ながらはぐらかそうとする竹谷を問い詰める孫兵の口調に、いくぶんかきつさが混じる。
いつもの所定の位置、孫兵の首元に巻き付いていたジュンコも主の口調のきつさから穏やかならざるものを感じたのか、うっそりと顔を擡げ、つぶらな瞳を竹谷に向けた。
その「あんた、なにご主人怒らせてるのよ」とでも言いたげなジュンコの人間染みた仕草がおかしくて竹谷は思わず笑いを漏らす。
「ジュンコは本当に孫兵が好きだなぁ」
「何を今更当たり前のことを言っているんです」
「うん。わかってるんだけどな」
わかっているのだけれどそれでも時々妬けるんだよ、とは口には出さず、孫兵の首に巻き付いていたジュンコをひょいと外し、木の枝に下ろした。
いったい何をするんですか、と孫兵は言い掛け、思いの外に強い竹谷の視線にすぐさま口を閉ざす。
しゅるしゅると音を立てて枝から野へ降りようとするジュンコの爬虫類特有の滑らかな鱗はどこかしら孫兵の肌の冷たさを竹谷に思い起こさせた。
閨の熱を持った肌を持て余す淫乱さなどまるでなかったかのように、常日頃の孫兵の肌は爬虫類のようにひんやりと冷たい。その落差がまた、竹谷の嗜虐心を擽るなど孫兵は気付いていないだろう。
孫兵を前にするとまるで自分まで獣か何かになったようだ、と竹谷はいつも思う。身体を重ねるときの自分達は、恋人や番というよりはまるで捕食者と被捕食者だ。あぁ、だから種も超えて番のように寄り添うジュンコに嫉妬を覚えるのか、と竹谷は一人納得する。
孫兵は竹谷の行動の意図するところがまったく掴めないのか、怪訝そうな表情を隠しもせずにじっと竹谷を見つめてくる。
「先輩?」
「うん、」
「うん、じゃありません。本当にさっきから何なんです」
じっと竹谷を真正面から見つめてくる孫兵の端正な顔からは、出合った時に比べてだいぶ幼さが抜けた。
子供特有の柔らかな曲線を描いていた頬も精悍な少年のそれに変わり始めていて、あぁ、もう子供ではなくなるのだなぁと思うと少しばかり寂しい。
でも、きっと孫兵は美人になるなぁと竹谷は見当違いのことを思いながらジュンコのいなくなった孫兵の首筋に、自分の腕を巻きつけ、男にしては細い身体を乱暴に抱き寄せた。
孫兵は一瞬、身を硬くし突っぱねる様子を見せたが竹谷の腕が緩まないことを悟ると諦めたように身体の力を抜き頬を竹谷の肩に預けてくる。
何時まで経っても慣れない躊躇いがちな仕草が愛しくて、竹谷は無防備に晒されていた孫兵の形のいい耳朶を軽く食むと、くすぐったいと小さな声を上げて孫兵が笑った。
「もう、だからいったい何なんです」
「ジュンコに嫉妬した、て言ったらお前は笑うか?」
「はぁ……?」
「はぁ?ってなぁ。お前は『俺とジュンコのどっちが大事なんだ』なんて馬鹿な質問を俺にさせる気か?」
「……先輩、ジュンコに嫉妬なさったんですか?」
「嫉妬なら何時だってしてる」
不思議そうに首を傾げて問いかけてくる孫兵に、竹谷は半ばやけくそ気味に堂々と胸を張って答える。
孫兵が人間以上に生物を好いているのは昔からのことだが、その中でも孫兵にとってあの毒蛇のジュンコが特別であることは竹谷はよく知っていた。
孫兵は色素の薄い瞳を何度か瞬かせると、ふっと表情を緩めおかしげに声を立てて笑い始める。
くすくすくすくす、腕の中で身を震わせる孫兵の笑い声になんだか居た堪れない感を覚え、竹谷がそっぽを向くと笑いを滲ませたままの恋人は、そっと竹谷の耳元に唇を寄せ囁いた。
「ねぇ、先輩。僕はペットの中じゃジュンコを一番愛してますけど、人間の中で一番愛してるのは先輩なんですよ」
告げられた孫兵の滅多に聞けない直接的な告白に、竹谷が目を見張り絶句していると、孫兵は紅い舌の覗く唇を竹谷のそれに押し付けまた笑う。
結局どちらが大事なのかは多少はぐらかされた気分ではあったけれど、滅多に聞けない孫兵の素直な告白に、まぁいいかと思考を放棄し、竹谷は孫兵の背に回した腕に力を込めた。