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それさえも嘘(こへ滝/落乱腐向け)

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滝夜叉丸は決して人前で涙を流したりはしない。
唇をぐっと噛み締めて声も漏らさぬように泣く滝夜叉丸姿を知っているのは、きっとこの学園で小平太くらいのものだろう。
それは入学したての井桁模様の制服を着ていた頃からで、どんなに哀しいがあっても辛いことがあっても歳相応の子供のように滝夜叉丸が声を上げて泣いたところを小平太は見た事がなかった。
わんわんと大声を上げて泣いたって、小平太は誰も呆れたりも嫌ったりもしないのにと思うのだがきっと滝夜叉丸自身の矜持がそれを許さないのだろう。
滝夜叉丸はあの大きな茶色の瞳に涙を浮かべても、何時だってぐっと唇を噛み締め耐え涙を零そうとはしなかった。
どれだけ辛くても哀しくても、だ。
その涙に悲しみに耐える姿の方がよほど痛々しく弱々しいことに本人は気づいていないのだろうか。きっと、気づいてはいないのだろうなと頼りなげな後姿を見つけ小平太は嘆息をもらした。
秋の日暮れは早いからもう夕陽はゆらゆらと空の色をやわらかく滲じませながら裏々山の向こうへ消えていこうとしている。
辺りは橙色に染められて、ぽつねんとひとり静かな森の中に立ち尽くす滝夜叉丸の黒髪と蒲葡色の制服包まれた身体はとろりと夕陽の中へと溶けてしまいそうに見えた。
俯いた横顔の、へたった黒髪の合間から覗く長い睫毛に溜まった涙がきらきらと夕陽に反射し綺麗だった。
白いすべらかな頬を涙が一筋伝わって蒲葡色の制服に染みを作る。
小平太の気配にはもうとっくに気づいているだろうに、滝夜叉丸は振り返ろうとも口を開こうともしないかった。
その背中は寂しげなのに、はっきりと小平太の存在を拒絶している。
けれど、小平太はそんな滝夜叉丸の拒絶も無視して一人立ち尽くす滝夜叉丸へと静かに声をかけた。
それは普段の小平太しか知らない体育委員の後輩たちが聞けば、吃驚するほどに優しい声だった。滝夜叉丸だけが知っている、慈しむような愛おしむようなその声音にぴくりと細い肩が揺れる。
「滝夜叉丸、」
「なんですかもういいんかいはおしまいでしょう」
「そうだけど」
「じゃぁほうっておいてくださいせんぱいはおなかがすいたっていってたでしょうはやくしょくどうへいかれたらどうですか」
滝夜叉丸の口から漏れる言葉は常の高慢さを欠いて弱々しく抑揚も少ない。
きっと吐き出せる言葉を途切れさせてしまえば次に漏れるのが嗚咽だと本人もわかっているせいだろう、滝夜叉丸は小平太の言葉を遮って喋り続ける。
常であれば滝夜叉丸は絶対にいくら怒っていたとしても小平太の言葉を遮ったりはしない。何か小平太が言いかければ自分が何かを話していてもすぐに口を噤んで耳を傾けるはずなのに、今は口を噤もうともしなかった。
「滝、」
「近寄らないで」
滝夜叉丸はいつも通り振舞おうとしていたけれど、常とはあまりにも自分の様子がかけ離れていることに本人は気づいていない。
感情が揺らぎすぎて、そこまで気が回っていないのだろう。
「滝夜叉丸!」
頼りなげに揺れる腕を取って小平太は滝夜叉丸の言葉を遮るように細い身体を後ろから強く強く抱きしめた。
小平太があげた大声に、びくりと滝夜叉丸の身体が揺れた。
驚いた表情の滝夜叉丸が一瞬だけ小平太を振り返ったけれど、すぐにその視線は逸らされ、ぼろりと睫毛に溜まっていた涙が零れて地面に落ちる。
あれだけ体力があって筋肉もきちんとついているというのに滝夜叉丸の身体からは華奢な印象が消えない。まるで扱いに困る硝子細工みたいだと頼りなげに佇む滝夜叉丸を見るたびに小平太はよく思う。
乱暴に扱ったら壊れてしまいそうだから、壊れてしまわないことを確かめるみたいに時々むちゃくちゃに振り回したくなるのだ。
そのたびに滝夜叉丸はちゃんと感情も表情も顕にして怒ったり喚いたりするから、そんなに簡単には壊れないんだと安心するのに、こんな寂しげな背中を見るたびにまた不安になる。
いっそ大声を上げて泣いてくれれば泣き叫んで暴れてくれれば逆に安心するのに、耐えるように泣かれる方が小平太には耐えられなかった。
もしかしたら、自分が頼られていないように感じるからかもしれない。
甘えてくれればいいのにと思うのに、滝夜叉丸は甘えないから、自分の存在が滝夜叉丸に不要のように感じ寂しくなるのだろう。
「……滝、」
「なんですか」
「私は何も見ていないから」
「……」
「だから、泣いたっていいんだ」
泣いたらきっと哀しいことも辛いことも少しだけ薄れるよ。
とろりと夕焼けに溶けていしまいそうな黒髪にそっと頬を寄せて静かに静かに小平太は囁く。抱きしめた身体は少しだけ熱を持っていつもより熱かった。
秋の夕方の空気は冷たかったけれど触れ合った箇所から伝わる体温はゆっくりと二人の間で溶け合ってぬくもりとしてその場に溜まっていく。
「大丈夫、誰も見てないよ」
ひゅぅと滝夜叉丸の喉が鳴って腕の中の薄い肩が空気を求めるように喘いで、ぽろり、と一粒地面に涙が零れて乾いた土を湿らせた。
小平太はそれを見ない振りをして遠く沈んでいく夕陽へと視線を向けた。
今、小平太が見ているのは滝夜叉丸ではなく滝夜叉丸の艶やかな髪越しに見える真っ赤な夕焼けだけだ。
遠くから夕餉の時刻を知らせる学園の鐘が鳴って、鴉が巣へ戻るために群れを成して飛んでいく。赤や黄色に染まった木の葉が秋の冷たい風に吹かれくるくると地面へ落ちていくのを小平太はぼんやりと眺めていた。
時折、腕の中で震える身体も静かな空気の中に消えていく嗚咽を小平太は知らない。だって、自分はここにはいないから。
滝夜叉丸はたった一人で泣いている、そこに自分はいないのだ。
そう思うことは少しだけ寂しかったけれど、それでも滝夜叉丸が自分の腕を振りほどこうとはしなかったからいいやと思うことにして、ずっとその身体を抱きしめていた。