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骨も残らない

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 見てはいけないものを見てしまった。見たくないものを見てしまった。校舎裏へ教室掃除で出たゴミを捨てに行く途中。校舎の脇を通り校舎沿いに左折しようと一歩踏み出して、慌てて引き返した。

 一瞬見えたのは俯いた京子ちゃんだった。京子ちゃんの正面には男子生徒の後ろ姿があった。
 ここに俺がいることは、多分気付かれてない、はず。むしろそう願いながら、俺は迷った。手にしたゴミ袋を何とかしたいのもそうだけど、この雰囲気じゃ出ていけそうにない。それほど深刻な雰囲気だった。かと言ってここで二人がどこかへ去るのを待つのも、何だか盗み聞きをしているようで嫌だった。
 けれど、気になるのも事実。それは京子ちゃんのことだということもあるけれど、その上さっき一瞬見えた後ろ姿が、俺の見慣れた人のそれであるような気がしたから。

 心臓が痛い。聞いてはいけない気がする。逃げたい。逃げた方がいい。けれど何故か俺の足は動かなかった。

「……どうして……?」

 京子ちゃんのか細い声が微かに聞こえた。泣くのを堪えているみたいな声だった。

「笹川……」

 京子ちゃんを呼ぶ声。その声を聞いた途端、俺は目の前が真っ暗になる気がした。聞き間違えるはずなんかない声だった。聞き慣れた声だった。今一番聞きたくなかった声だった。

「ごめん……俺、好きな奴いるし、それに」

 タッ、と地面を蹴る音。まずい、と思ったときには遅かった。角を曲がってきた京子ちゃんと思いっきり鉢合わせる。俺の顔を見た京子ちゃんは一瞬驚きに目を見開いて、それでも唇の端をきゅっと結ぶと、黙って走っていってしまった。俺は呆然とその場に立ち尽くす。俺も逃げればよかったのに、頭がいっぱいでそこまで考えが回らなかった。

「……誰かいるのか」
 声がして、やっと我に返る。と同時に校舎の陰からひょいと覗かれて、その男と視線がかちりと噛み合った。

「……山本……」

 ――辛うじて口から出たのは呼び慣れた、親友の名前だった。



 山本は俺の前に姿を現し、困ったように笑う。
「ツナ……見てたのか、今の」
「盗み聞きするつもりは、なかったんだけど……ごめん、途中から」
 途中からでも二人が直前にどんな会話をしていたか、容易に想像できた。京子ちゃんの泣き出しそうな顔。いつも笑顔だった京子ちゃんの。初めて見た、あんな悲しそうな顔。考えたら俺も泣きそうだった。俺は京子ちゃんが好きだったのだ。今の俺は間接的にフラれたようなものだった。山本は黙ったまま何も言わない。そろそろ涙腺がヤバい気がする。だから山本に背を向けて、わざと明るい声を出した。

「まさか……京子ちゃんが山本のこと好きだったなんて、全然知らなかったな」
 平常心を装うつもりだったのに、少し声が震えてしまった。それでも黙ってしまったら涙が溢れそうで、俺は続ける。

「でも分かるな、山本ってカッコいいし優しいし何でもできるし、俺も山本のこといい奴だと思うし、何か、俺とは大違いっていうか」
 何言ってんだ俺。心ではそう思いながら口は止まらなかった。

「でも山本、京子ちゃんのことフるなんてびっくりしたよ、あ、俺に気を使ってるんだったらそんなの必要ないからね、俺、山本と京子ちゃんが付き合うんなら、そりゃショックだけど、諦めつくしさ、ホラ、今から追いかければまだ間に合」
「ツナ」

 俺を制止するみたいに山本が言った。

「……俺、ツナが笹川のこと好きなの知ってた」
「……そう、なんだ? やっぱり俺に気を使って、」
「それは違う」

 山本は今度はきっぱり否定した。

「あー……それも少しはあったけど、他に理由があって」

 山本はしどろもどろに返答をした。まだ何かを隠してるみたいに、言うのを迷ってるみたいに。それを吹っ切るように俺はまた馬鹿みたいに明るい声を出す。これ以上山本には余計なことを言って欲しくなかった。謝罪も言い訳もいらない。ただ黙っていて欲しかった。

「あ、好きな人がいるって言ってたもんね! 山本が好きになる子ってどんな子かな、俺の知ってる子? 後輩? それとも他校とか、」
「ツナ!」

 俺の言葉を遮るように、山本が叫んだ。

「……お前だよ」

 背後から沈んだ声。
 思わず振り返った。

 そこには間違いなく山本がいて、じっと俺を見つめていた。

「俺が好きなの、ツナ」

 少しの間、呼吸を忘れた。頭の中が白くなった。

「笹川に告られたけど、お前が好きだから、断った」

 俺に説明するみたいにゆっくり言う。何それ。何なんだよ。意味が分からない。最悪だ。そんなこと聞きたくなかった。

「……冗談」
「冗談じゃねーよ……本気だよ」

 山本は、さっき俺が会った京子ちゃんと同じ表情をしていた。傷ついて泣きそうな顔。……なんだ。山本、今君が感じてるその気持ち、きっとさっきの京子ちゃんと同じ気持ちだよ。憤りを通り越して、何だか笑えてきた。
「は……何だよそれ、意味分かんない、」
 山本の手が伸びてきて俺の腕を掴んだ。俺は咄嗟に振りほどこうとしたけれど、指が食い込むくらい思いっきり掴まれて逃げられない。
「嫌……!」
 そのまま引っ張られて抱き締められた。痛かった。腕も心臓も痛かった。

「最低だ、山本なんか嫌いだ、大っ嫌いだ……!」
 許されるなら思いっきり泣き叫んで暴れて、今俺が顔を埋めている山本の胸をドンドン叩いて罵りたかった。京子ちゃんと山本が付き合ったなら、それは完全に今まで通りとはいかないかもしれないけれど、最初は多分すごく辛いだろうけれど、俺はきっと許せたはずなのに、何で、どうしてこんなこと。俺は今日で好きな人も親友も、両方失わなきゃいけないのか。
「ごめん、ツナ、ごめん」
 山本が俺をぎゅうと抱き締める。もう罵る気にもなれなくて、山本のシャツの胸元を握りしめながらただ泣いた。
作品名:骨も残らない 作家名:タカノ