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七夕の願い事 ~『ひとひら』から~

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「あっ! 甲斐君!」
 「あ、麻井……」
 
 ……
 今日は、近所の七夕祭りに甲斐君と2人で、縁日に回ろうと約束していて、こうして、甲斐君とあったわけだけど……

 「? 甲斐君、顔赤いよ……大丈夫?」
 気になって、私が声をかけると、
 「あ、ああ。大丈夫……っていうか……その、麻井……浴衣なんだな……」
 「う、うん……佳代ちゃんに、折角のその……デートだから、着て行け! って」
 「あ、ああ……なるほど……」
 そういうと甲斐君は頭を抱えて、何かを考え込んでいる。
 「……やっぱり、その……具合悪いんじゃ……」
 「い、いや……そうじゃなくてだな……その…に、似合ってるぞ! 麻井!」
 「!」
 その言葉に私は、顔を赤くする。
 「あ、ありがとう……甲斐君……」
 私がお礼を言うと、
 「な、何でお礼言うんだよ?」
 「だって、お世辞でも嬉しいもん……」
 私が照れて言うと、
 「そんなことねぇよ! 俺、お世辞なんていうの苦手だし、本当に似合うから、言ってんだ!」
 「本当に?」
 「本当に、本当! じゃあ、行くぞ!」
 そういって、甲斐君は私の手を取る……。

 手を握るのって不思議だな……。
 甲斐君の気持ちが伝わってくるみたいで、なんか、嬉しい……。
 甲斐君の手を握ると安心するんだ。
 勿論、佳代ちゃんやちとせちゃんもそうだけど、
 それとは違って……なんていうのかなぁ……大切にしてくれている……っていう……
 そんな感じ……
 「そういえばさ、甲斐君。 今日は七夕だよね? なんかお願いごとした?」
 私が尋ねると、
 「う、うん……。まぁ……」
 ぎこちない甲斐君に、
 「それって、私が聞いていいことかな?」
 「俺の願い事は二つあって……一つは『美大』に行けますようにっていうことでもう一つは……」
 急に黙りこんでしまう甲斐君に、
 「もうひとつは?」
 「うー。その……あ、麻井と一緒にいれますようにっていう……ってなに、俺、恥ずいこと言ってんだろうな……」
 「えっ?」
 「だってさ、明日は分かんないだろ? 麻井がもしかしたら、運命の人とかにあっちゃうことだって否定できないわけだし……部活も違うし……武田もいるし……」
 「武田君?」
 「うん。だって、あいつ麻井のこと、好きじゃん!」
 「す、好き?」
 私は驚いて大声をあげてしまう。
 「だって、お前を見て演劇部に入ったわけだし……いろいろな事情はあったことはわかったけど……やっぱり、あいつの一番って麻井なんじゃないかと思うんだ……」
 そういう甲斐君……ちょっと不安そうな表情をしている。
 「……武田君とはそんなこと全然なくて……」
 「……分かってるんだけど……身長もあいつの方が高いし、あいつの方が麻井と一緒にいる時間もなんだかんだで長いし……今度、合宿にも行くんだろ?」
 「う、うん……」
 「だからさ、やっぱり心配なわけ。って、本当俺ってヘタレだよな……」
 シュンとする甲斐君に、
 「そんなことないよ! 甲斐君はいつも私のそばにいてくれたよね? 私にとって甲斐君はその……お、……じさまだよ?」
 真っ赤にしていう私に、
 「えっ? おじさま?」
 「違くて……その、王子様っていったの! もう!」
 あたしが照れながら怒ると、
 「……あ、ありがとな……」
 照れる甲斐君。
 「それにね、私も心配なんだよ……ちとせちゃんとのこと」
 「はっ? 神奈?」
 「あのね……ほんとは内緒って言われたんだけど、ちとせちゃんが……」

 そう、
 あれは、先週の土曜日。
 
 「麦チョコ! 甲斐君とは上手くいってる?」
 ちとせちゃんに声をかけられ、
 「! う、うん……まぁ……」
 私が小さな声でいうと、
 「麦チョコにも甲斐君にもいってないけど……もう時効だと思うから、私、言うね。
 私……甲斐君のこと……好きだったんだよ……」
 そういうちとせちゃんの表情は、すごく柔らかい。
 「ええっ?」
 「気付かなかったでしょ?」
 「う、うん……」
 「麦チョコはさ、いっつも一生懸命だからさ、ときどき、他のことが見えなくなっちゃうこともあると思うんだ」
 「……ごめん」
 そういうとちとせちゃんは手を横に振りながら、
 「違うの! 別に責めてるわけじゃなくて……人の想いって難しいよね? 去年の公演のとき、私たち一回、絶交したじゃん?」
 「……」
 「あの原因は……甲斐君が麦チョコばっか見てて、私には勝ち目ないし、なんで麦チョコなんだろっていう……やっかみだったんだよ……」
 「……」
 私はなんと言ったらよいかわからず黙っていると、
 「でもね。麦チョコはすごいって思った。『友達のことを応援したい』そういったよね? そのためなら、自分の好きなことを捨てるっていった! 本当の友情ってそういうものだって、あのとき、私、初めて気付いたんだよ!」
 「そんな……」
 「だからさ、麦チョコは、甲斐君と一緒じゃなきゃだめなんだからね! もし、2人が離れたら私嫌だよ!」
 「……私と甲斐君が離れた方がいいんじゃ……」
 そう私がいうとちとせちゃんは首を横にふり、
 「ううん。友達が幸せじゃなきゃ嫌! っていうのは麦チョコと一緒。それに、甲斐君も大切な友達だし……私、そんな嫉妬深くないよ……今はね」
 「っていうことは昔は嫉妬深かったの?」
 「……私も気付かなかったけど……そうだったみたい……」
 「そうか……」
 「ごめん。このこと黙ってようかな……とも思ったけど、友達だから、やっぱり隠し事するの嫌だから……。」
 「ううん。私こそ、ごめんね」

 ☆☆☆
 そんなやりとりがあった訳で……

 「ちとせちゃんって素敵だよね? たがら甲斐君が好きになっちゃうじゃないかなぁって……」
 そういうと、
 「神奈が……ナイナイ! 確かに尊敬するところはあるけど……」
 「ほら! やっぱり尊敬してるんじゃん!」
 「違くて……女の子として、『守ってやりたい』のは……麻井だっていうこと……」
 意識してなかったけど、甲斐君の顔が私のすぐそばにある。
 「……麻井が好きだって、いったろ?」
 「う、うん……」
 ……
 へんな気持ちになる私。
 今、甲斐君がすごく愛しくて、
 その……キスして欲しいって思っちゃった……

 「……」
 甲斐君は真っ赤にしながら、ずっとこちらを見ている……
 「……その、キ…スはさ、こんなところじゃなくて……そのファーストなんだし……」
 「や、嫌だ! 私の気持ち、伝わっちゃった?」
 「……なんていうか……俺も、そうしたいって思ったし……」
 「ご、ごめんなさい……恥ずかしい子で……」
 「そんなの謝る必要ないって!こ、恋人同志なら当然だろ?」

 『恋人同志』
 そう言われると改めて、実感してしまう。
 甲斐君の優しさとか、たくましさとか……
 そういう感情を……
 「あのね……甲斐君?」
 「な、何だ?」
 「その……私のこと、『麦』って名前で呼んでくれないかな?」
 「えっ?」
 「……だって、私はずっと甲斐君なのに、甲斐君はずっと『麻井』だし……」

 ……
 へんなところで意地になる私。