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焼け野が原

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 焼け野原の中を歩いている。
 何度も何度も名前を呼んだ。何度も何度も君の名前を叫んだ。
 返るのは、すすり泣く声と未だ燻る煙の匂い。充満する油を含んだ生温い風に吐き気を齎した。
 地面は瓦礫と人だった影で覆われている。
 井戸と川辺は人だった黒炭で埋め尽くされている。
 一瞬、自分の歩いている場所が、現実世界なのか地獄なのかわからなくなった。つい先日まで笑って歩いていた道は、今や荒野としか呼び様がなく。

「……何で、いないんだよ……っ」

 途中までは一緒だった。
 空からゴミのような軽さで爆弾が落ちてきて、遠く離れた市内の方角で大きく光り……すぐ、真っ黒い雲で覆われた。
 そこここで上がる悲鳴と火の手、そして爆風。防空壕に逃げそびれていた自分たちは、阿鼻叫喚の人々の中、只管に爆心地から離れようと走った。あんなに距離がある街からの突風が、いつもの爆撃と何かが違っていて怖かった。
 水辺に向かおう、と声を上げた。君も、頷いた。
 そして、手を繋ごうとして。
 ……はぐれてしまった。
 あれから一週間が経つのに、まだ君には会えていない。
 周期的に襲ってくる吐き気を堪え、動かない左腕を引きずるようにして戻ってきた、最後に君を見た場所にも姿は見えなかった。そこら一帯探したけれど、誰が誰かもわからなかった。
 生きているのかも死んでいるのかも。


「……せめて、諦めさせてくれよ。……弔わせてくれよ……ッ!」


 生きていればいい。
 けれど、もし、もう君には二度と会えないのだとしたら。それぐらいは、許してくれてもいいのではないか?
 自分だけではないのはわかっている。この状況だ、この身すらも明日どうなっているかわからない。御国のため陛下のため、この思いは甘ったれていて邪魔なものなのかもしれない。
 それでも。
 大切な人に対して、何もできることがないなんて。
「……っ、畜生……ッ!!」
 性別すらもわからない、人であった『誰か』の前で、立ち竦んで動けなくなってしまったまま、ただ涙を流すことしかできなかった。

作品名:焼け野が原 作家名:水沢