愛よ、君よ
すると真っ先に目に飛び込み、頬に触れたのは、茶色いふかふかした毛。
「何だよ」
くすぐったくて笑いながら、その大きなテディーベアーを抱きしめた。
毛の柔らかい、人懐こいような表情をした人形だった。
首でちょうちょ結びにされているリボンは赤のタータンチェックで、愛らしいデザインをしている。
「プレゼント。ベットの脇にでも置いといてよ。寂しくなったら、お兄さんだと思ってくれて構わないからね」
フランスはそう微笑し、テディーベアーを抱きしめ、顔を埋めるイギリスの額にキスを落とした。
風にあたって冷えた額に、温かいコーヒーをすすっていた唇のぬくもりがじんと伝わる。
すっかりあたりは白くなり、もう冬がやって来ていた。
イギリスは革靴の先で雪を蹴る。飛び跳ねた白い粉雪がキラキラ、光る。
「……あと十五分」
時計を見て、ぼそりとフランスが呟く。あと十五分で、彼はパリに帰らなければならない。
例えどれだけ互いにイギリスとフランスが愛し合っていたとしても、だからといって国である彼らがずっと一緒にいることなんかできないのだ。
はあ、と吐く息が白い。イギリスは目を伏せ、テディーベアーをもっと強く抱きしめた。
「コラ、溜め息はだめだよ」
そう苦笑いしながら、フランスは悪癖を嗜めた。
寒いな、と思っていると突然マフラーに手がかけられ、きゅっと後ろで結ばれる。
リボン結びのような形になり、直すよう声をかけようとしたが、案外こっちの方が暖かいことに気づいて何も言えなくなった。
街灯がちらほら、灯り始める。もうそんな時間か、とイギリスは思った。
「そろそろ、行かなきゃ」
今度はしっかり、唇にキスをされる。そして冷たい頬同士をくっつけられた。
数秒し、離れる。切れ掛かった街灯が一つ、チカチカしている。
感じた温もりが離れていく心の寒さを、果たして寂しさと呼ぶに相応しいだろうか、とイギリスは思った。
雪を踏みしめ、背中が遠ざかっていく。無償になにか、泣きたかった。
「だいすきだよ、ワインの髭野郎!!」
テディーベアーを強く強く、抱きしめながら叫んだ。ほの暗くなった周りにはもう、誰もいない。
金髪頭がくるりと振り返る。一瞬、驚いたような表情を浮かべたようだが、すぐにいつもの意地の悪いような笑み。
「おれも、だいすきだよ!エセ紳士め!!」
倍くらいの大声で、そう返される。フランスは笑いながら、両手を振った。
途端、今更になって恥ずかしさ込み上げてくる。
ただどうしようもなく、イギリスは大きなテディーベアーで顔を隠した。
なぜだか、その頃ちょうど、冷たかった頬が温もりを持ち始めていた。