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いつか私を忘れていく貴方へ

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「律ちゃん、」
「なに?」
薄暗い地下牢の中、月下美人の花の様に幻想的な光を放つ死装束の裾を見ながら呟くように話しかければさっきよりは幾分落ち着いた声で返事が返ってきた。
「お願いがあるんだ。さっきまで、君を殺そうとしてた俺が言うのも図々しいんだけど・・・」
「それは、私にできること?」
「うん。」
「・・・いいわ。」
「ありがと。実は俺、好きな人がいたんだ。だけど、村がこんな状態じゃ言えそうもないから申し訳ないんだけどあの子の代わりに君に聞いてほしいいんだ。」
言っている間に、自分がどれだけ勝手なのか気付く。
だけど、それでも俺は、あの子に言いたかったことを誰かに聞いて欲しかった。
形に残すことが出来ないのならば、誰かに証人になって欲しかった。
最後まで俺が、あの子を大切に思っていたという証人に
「そういうことなら、よろこんで。」
凄いな、律ちゃんは。
さっきまで震えていたのに、もう微笑むことができるんだ。
「えっと、じゃぁ言うよ?」
「どうぞ」
「たぶん、俺はもうお前に会うことはできない。お前を自分の勝手な理由で蘇らせて、いたずらにその生を掻き乱してしまったことは幾ら謝っても許されないことだと思う。実際、あの時お前は泣きながら俺を殺そうとまでしてきた」
律ちゃんが息を呑む音が、地下牢に微かに木霊する。
「だけれど、俺はずっとお前と一緒に居たかっただけなんだ。」
それが、どれほど罪深い行為か知っていても。
「ごめん。」
「徹君」
「後な、これだけは伝えたかったんだ。『死者生者』っていう本を読んだ時に思ったんだけどな、お前はきっと俺が死んだら俺以外の人を好きになるかもしれない。だけど、俺はそれを怒らないよ。今度こそ、自由に生きていけば良い。もう、お前を縛っていたものは無いのだから・・・幸せになれよ」

最後の方は、泣いてしまって鼻声になってしまった。本当に、格好がつかない。

だって俺、夏野が自分以外の傍で笑ってるのなんて嫌だ。
本当は、もっとお前の隣にいたかったよ。
お前が唯一、心を開いてくれる特別な存在で在りたかったよ。
もっと、好きだったと伝えたかった。
もっと、触れたかった。
こんな時になって、往生際悪く後悔するなんて・・・

ああ今度こそあいつからお別れをするのだ。そう考えると涙が止まらない。ずっと抑え込んでいた激情が、一雫毎に自分の中から流れ出していく。

(もう、伝えられないけれど)
(ごめん、夏野)
(我侭を言う資格があるのなら、もう一度だけ会いたかった)

そう思いながら徹は、目の前に居る純真無垢な女の死肉とも生肉ともつかない、冷えた体温を抱き締める力を強めた。