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THE IDOLM@STER 天海春香の光の道

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見上げた空はどこまでも青く、手を伸ばせば掴めそうなほどに近く感じた。
「はぁ……」
 爽やかな空とは似ても似つかない、憂鬱さがこれでもかというほどに練られた溜息。
 春香は伸ばした右手をゆっくりと戻すと、寝転がっている自分のお腹辺りにそっと置いた。
 時刻は、午後三時を回った辺りである。概ね誰に聞いても「昼」と答えるだろうが、「夕方」に分類してしまっても別段問題ない、そんな半端な時間。
 寝転がっているベンチ――事務所近くの、ごくごく普通の公園に置かれた木製のベンチだ――に全身の気だるさを任せ、脱力する。
「あれは……失敗だったよねえ……」
 誰に言うでもなく独りごちる。
 溜息の原因には、午前中まで遡らねばならない。

「うわわっ……」
 どんがらがっしゃーん!
 春香が床に尻餅をつくと同時に、周囲からは溜息と、少しの苦笑が漏れた。
 都内某所、ダンスレッスン場。
 壁一面に巨大な鏡が貼り巡らされ、鏡の貼られていない壁には、穴ぼこの空いた白い素材が貼られている。
「はい、それじゃもう一度頭からやりましょう」
 パンパン、と手を叩き、ダンスの先生は皆を促した。
 今レッスン場内に居るのは春香、真美、そして千早の三人である。溜息の主は真美であり、苦笑の主は千早だった。
「はるるん、今日はいつにも増して調子わるい感じ?」
 溜息を引っ込め、少し心配した様子で真美が手を差し伸べた。
「うう……ありがとう、真美」
 その手にありがたく捕まり、すっと立ち上がる。
「春香……」
 心配そうな千早の声が少し頭上から語りかける。
「大丈夫、大丈夫」
 春香は自分の顔が苦笑するのを自覚しつつ、答えた。
 レッスンが始まって、もう一時間になる。その間に春香が転んだのはこれで五回目だった。ダンスは得意ではないが、苦手というわけでもない。普段のレッスンでもここまで転んだ記憶はなかった。
「天海さん、本当に大丈夫? 昨日、遅かったんでしょう?」
 ダンストレーナーのそんな問いかけに、春香は俯いた。確かに、昨晩は「生っすかサンデー」の生放送後、ドラマの夜シーン撮影ということもあり、寝たのは日付が変わって空が白み始めた頃である。レッスン開始は午後スケジュールを考慮して午前八時から始まったので、春香が寝られたのはわずか三時間であった。
「大丈夫ですっ! 私、元気だけが取り柄ですからっ」
 意識的に身体を跳ね、元気アピールしたものの、やはりいつもと違うのは自分が一番よく分かった。
「じゃあ、頭からね。ワン、ツー、スリー、フォー」
 再び曲がイントロから流れ始める。フロント位置に春香、やや後方左右に真美と千早がスタンバイし、曲に合わせてダンスを始めた。
「(あ、やばっ……)」
 歌い出し始めの直前。またこける、と思った春香の思考は突然降りてきた白いカーテンに覆われ、ぷっつりと途切れた。

「はぁ……」
 再び、大きく溜息。
 倒れた春香はその後、気を失ってしまっていた。午後のスケジュールは全て白紙化され、春香には午後全休が言い渡された。
「ダメだなあ……これじゃ……」
 昨日の無理も、今日の無理も。
 空回っているのは自覚しているし、その原因だって分かっている。
 ――竜宮小町。
 律子がプロデュースしたそのユニットは、またたくまにスターダムを駆け上がっている。個々でやっていた頃には考える事すら及ばなかった事を次々と成した彼女たちは、つい先日ワンマンライブで三千人というキャパの会場を一杯にしてみせた。
 竜宮小町を考えると、彼女たちの成功を喜ぶ気持ちが湧き上がる。
 だが同時に、嫉妬も湧き上がった。
「ああ、だめだめ……」
 それを振り払うように首を振り、すっと目を閉じる。視界が青から黒へと塗り替わり、冷静さをもたらしてくれる。
 賑やかしい子供たちの声が駆けてゆく。元気いっぱいなその声を聞きながら、春香は小さく微笑みを浮かべた。子供は大好きだ。その元気さを見ると、まるで自分もその一員となったような感覚をもち、自分を元気にしてくれる。
「んあ……?」
 ふと頬に何かが降ってきて、春香は目を開けた。手でそれを取り払って見ると、青々とした瑞々しい若葉だった。
 少し前、社長に言われた言葉をふと思い出す。
「天海くん。君はまだまだ半人前だ。今のままでは竜宮小町には肩を並べられないだろう。だが、その代わりに若さがある。竜宮小町もまだまだ若いし、その伸びしろは計り知れないけれど、君だってそれは同じだ。何事も近道などないのだよ。華々しい道の前には、その道の長さの何百倍という長さの下積みの道がある。だがね、天海くん。私は信じているのだよ。君には才能がある。必ずや偉大なアイドルになる」
 力説する社長に、春香はその場で照れ笑いを浮かべたものだ。
「若葉、か……」
 青々とした若葉には、溢れる生命力が煌々と輝いている。それは、社長の言葉を肯定するかのように光を放っていた。
 ――自分の、可能性。
 何が出来るのかは、正直まだ分からない。
 しかし、分からないからこそ努力のし甲斐があった。
 ……のだけれども。
「何も掴めないなあ……。うーん……」
 暗闇の向こうに、薄っすらとした光は見えているものの、それが何なのか分からない。掴めない。がむしゃらにレッスンや仕事に打ち込んでも、それは一向に近づいてくれる気配を見せなかった。
 と……。
 公園の石畳を一定のリズムを刻むように、靴音が響いた。子供たちの声はいつの間にか無くなっている。
 春香が目を開いて音のするほうを見やると、そこにはスーツ姿の男性が何かを探すようにキョロキョロと首を巡らせながら歩いていた。本人はそのつもりはないのだろうが、あれではまるっきり不審者だ。
「この辺りでは見ない人だなあ……何か探してるみたいだけど……」
 その声が聞こえたわけではないのだろうが……男性の視線が春香の方を向いた。
「(ん……?)」
 男性は春香の方に明らかに目指して歩いてくる。足を止めると、少し春香を覗きこむようにして話しかけてきた。
「やっと見つけた。君が、天海春香さんかい?」
「え……どうして私の名前を……とと、すいません!」
 自分が寝転がったままなのを思い出し、春香は慌てて身を起こした。
「はは、社長に聞いたとおり面白い子だね」
「社長、ですか? 貴方は一体……」
 春香は訝しみながらも、「社長」という単語が出てきた事で少し安心した。少なくとも、突然見知らぬ男性に話しかけられたという先入観は引っ込んだ。
「コホン。俺は、今日から君を担当するプロデューサーだ。よろしくな」
「プロデューサー……さん、ですか」
「ああ。きっと君をアイドルアカデミー大賞に導いてあげるぞ! よかったら、二人で頑張ろう、春香!」
 ――ああ、そうか。
 春香は自然に笑顔を浮かべていた。
 闇の向こうの光。その光を掴めるきっかけがようやく見えたのかもしれない。
「はい、プロデューサーさん!」
 プロデューサーの差し出した手を、春香は力強く掴んだ。
 春香の道は、ここから始まった……。