僕の可愛い・・・(現代甘々)
総司が先に帰宅していた一に訊いてくる。
「“はじめ”なら、あの棚の上で寝ている」
“はじめ”というのは、一が先月拾ってきた子猫のことだ。
雨の日に捨てられていた子猫を、そのままにしておくには忍びなくうちまで連れてきてしまった。
同居している総司は、あんまり動物が好きではないのだろう、ちょっと面倒くさそうにしていたが、
『一くんが責任持って飼うっていうならいいよ』と言ってくれた。
それなのに、今では一よりも子猫に構うようになってきている。
しかも、猫に“はじめ”という名前までつけて。
「それにしたって、何故猫と俺と同じ名前にするのだ」
「だって、“そうじ”は既に一くんのクマさんについてるでしょ?
それに、一くんは『斎藤一』だけど、この子はうちの子だから『沖田はじめ』なんだよ?」
「確かにこの家は総司の家だが・・・」
ぬいぐるみのことを指摘されたのと、『おきたはじめ』という響きにみるみる赤くなってしまう一。
しかし、どちらかといえば、イタズラ好きでやんちゃな“はじめ”は、一よりも総司に似ている気がする。
一は、“はじめ”と遊ぶ総司を、複雑な気持ちで見ていた。
総司が『可愛い子』と猫の“はじめ”を呼ぶ度に、少し、モヤモヤとした気持ちになる。
(俺は、“はじめ”に嫉妬しているんだろうか・・・?)
クマの“そうじ”だって、そういえば総司がつけたものだったな、と一は思った。
*
その日は雨だった。
バイトに出かけた一が、なかなか帰って来ない。
食事当番の総司は、キッチンから窓の外を見やった。
「傘、持ってなかったんだ。電話してくれればいいのに」
律儀な一のことだから、きっと総司を呼ぶようなことはせず、雨宿りでもしているのではないだろうか。
総司はコンロの火を消すと、一のバイト先までの道を小走りで走った。
「一くん・・・」
一は、いた。びしょ濡れのまま、小さな路地に捨てられた子猫を抱えて途方に暮れている。
総司は慌てて傘を差し出した。
「何してるの、風邪ひくよ?」
「総司、どうしてここに・・・」
「迎えに来たんだよ」
「そうか・・・」
一は口ごもっている。どう切り出そうか考えあぐねているようだ。
全く、クマのぬいぐるみだけじゃ飽きたらず、君は可愛いものに弱いんだから。
いつも、僕だけを見ててほしいのに。
苛立ち始めた総司に、一は上目遣いで
(それは身長差のせいで故意ではないとわかっているのだが)じっと見つめてきた。
「連れて帰っても、いいだろうか・・・?」
(計算じゃないのに、これはズルいよね・・・)
総司は諦めて溜息まじりに言った。
「いいけど、一くんが見つけてきたんだから、一くんの責任だよ」
クマには僕の名前をつけてやったけど、どうやったらこいつに一くんを独占させないようにするか。
それを考えると、また新たな楽しみができて総司は少し愉快になった。
*
しかし、子猫の“はじめ”がここまで可愛く思えるとは。
一も少し嫉妬しているようなので、ちょっとそれも心地いい。
風呂上がり、総司は一に声をかけた。
「ねーねー、僕の可愛い子はどこかな?」
「“はじめ”なら・・・」
少し眉をひそめた一の唇を奪って、呆気に取られた綺麗な瞳を見つめて頭を撫でる。
「ここにいた、僕の可愛い子。
“はじめ”はうちの可愛い子だけど、僕の可愛い子は君だけだよ?」
作品名:僕の可愛い・・・(現代甘々) 作家名:井戸ノくらぽー