相容れない二人
この世で最も人間離れしていて、理不尽な暴力を司る、そんな人間がいるとしたら
きっとそいつは平和島静雄と同じ顔をしているだろう。
「…はぁ、なんで会っちゃうんだろうね」
自嘲気味に吐き出し、見上げた視線の向こう。こんな人ごみの中にあってもいやでも目に付く、目立つバーテンダー服の男の姿。
池袋の雑踏の中、臨也の姿を視界に入れた静雄は、途端に毛並みを逆立てた野良猫のように(実際はそんな可愛いものではなかったかもしれないが)すぐ傍に建っていた道路標識を引っこ抜いた。
アスファルトがめくれ上がる音に、近くにいた人々が途端にその場を離れる。静雄はそれにはお構いなしといった風情で、ただまっすぐに臨也の方へ向かって歩いてきた。
「いーざーやーくんよぉ、池袋には二度と顔だすなって言わなかったかあ!?」
「そうは言うけどねぇシズちゃん、ここも俺の仕事場なわけよ」
困ったように肩をすくめて見せた臨也は、次の瞬間、風を切って振り下ろされた道路標識を寸前でひらりとかわし、身を翻した。標識がコンクリートにめりこみ、別の穴を作る。静雄はまったく気にもとめずに再びそれを拾い上げ、握りしめる手に力を込めた。
「だったら今日ここで死ぬ覚悟ができてんだろうなあ!?」
「悪いけど、死ぬ気は毛頭ないね。シズちゃんこそ、いい加減俺の目の前から消えてよ」
かわすだけだった臨也が懐からナイフを取り出したのは一瞬。振り上げられたそれは、道路標識の柄の部分で止められ、微かに刃こぼれを起こした。
チッとちいさく舌打ちをした臨也が後ろに飛ぶ。間をおかずにそこに静雄の獲物が突き刺さる、その繰り返しで、このままいけば付近の道路はめちゃくちゃになってしまうんじゃないかと思われた時、
臨也の声が、二人の動きを遮った。
「はあ…、毎回毎回、良く飽きないよね、俺達」
どこか自嘲気味でありながら、それでいて自分自身を笑うような、ひどく客観的な感情に満ちた声だった。一瞬だけ、静雄の動きも止まる。その隙を逃さず、回り込んだ臨也が後ろからナイフを滑らせるが、咄嗟に体を反転させた静雄の得物、道路標識の先、ちょうど絵が書かれた部分でまたしてもその刃は受け止められた。
「何を、今更。テメェが消えればいいだけの話だろうが」
「それ、どっちにも言えることだけどさ、どっちかが死ぬまで、ずっとこうなのかね、俺たちって」
心の底から嫌いだと思う。遠慮なんかなしで、本当に死んでくれればいいのにと思う。自分の手で沈めなければ気が済まないと思ったこともあったが、今は自分の知らないどこかで消えてくれたって構わないとさえ思う。それほどに相手を嫌うのに、その切欠がなんだったのか、理由はもう忘れた。思い出す必要もないのだろう。もしくは最初から理由などなかったのかもしれない。「ただ嫌い」だと、その事実さえあればそれだけで、
相手に刃を向けるには十分過ぎた。
「もうちょっと色気のある間柄だったら良かったのにね」
あり得ないからこその笑い話。甘い関係なんて絶対に御免だと互いに思っているから、この非日常が日常に取って代わることがあったとしても、それだけは絶対にない。
「は、何を言うかと思えば…。テメェみたいなノミ蟲、願い下げだ」
「そりゃ残念」
横から薙ぎ払われる標識をぎりぎりのところでかわして、臨也は全然残念だなんて思ってもいないような口調で笑った。
(似合わない)
静雄を怖がって一度人がはけた場所に、今度は好奇心旺盛な若者が集まりだして、臨也は場所を変えるべく相変わらず静雄の攻撃を逃れながら移動する。考え事をしながら逃げられるほど楽な相手じゃないのはわかっていても、臨也の意思に関わらず、いろんな思いが臨也の中を巡った。
理論武装で固めて自ら直接は手を下さない臨也と、難しいことは考えずにただ純粋に力で相手をねじ伏せる静雄。本気でちゃんと人を好きになったことがないのも多分二人とも同じで、静雄は多分恐れられるばかりだから、臨也は人間そのものに執着するからと、理由も全く違う。
静雄以外の全人類を愛している臨也にとって、唯一嫌う静雄はある意味特別な存在なのかもしれないが、それが「好き」だという感情である必要はないと思う。それは別に自分が人一倍ひねくれているからという理由ではなくて、
(…きっと、大嫌いくらいがちょうどいいのかな)
ただ、嫌い。
それ以外の感情なんか持ち合わせてなければ、そこにひとかけらの愛情すらありはしない。
それでいい。だからこそいいのかと思う。
二人を繋ぐのはただ、決して相容れることのない感情と、ことばの代わりに交わす、意味のない暴力だけ。