【黒バス】黒子の怪談
見ている目
※フィクションです。現実とは一切関係ありません。
ボクは中学時代、都内の某路線を使って学校まで行っていたんですがその車内での話です。
ボク、人間観察が趣味なので車内が空いていれば本を読みながらでもわりと周りの人をよく見てるんです。ええ。知ってると思いますが、何せ、存在感は元々薄いのであんまり気づかれることもないし、結構楽しいんですよ。
ただその日は地下鉄の乗換駅から乗り込んできた人たちをざっと眺めて――たまたま調度斜め前くらいの席に座った女性を視線が通過した時に違和感を感じたんです。
最初は何が引っかかったのか自分でもよく解らなくて注意を払ってよく見ると。
目が、ないんです。
顔の形もはっきり判るし髪を肩くらいで揃えているのも判るし口元に小さいホクロがあるのも判るんですけど、何故か目のあるべき辺りだけぼんやりしていて見えないんですよ。それに気づいた一瞬はギョッとしたけれど周りの他の人たちは平然としているし、次の駅で乗ってきて隣に腰掛けた男性が座る際に少し会釈をして彼女に意思表示をして見せたので、別にその人が見えない何かだとかではないんです。
でも何度目を凝らして見ても、目が判別できないんです。
ちょっと薄気味悪いなあと思いながらもボクの思い違いかなと思って、結局、その日は特になにもなくその人はボクの自宅の最寄駅の一つ手前で降り、ボクも気にせず帰宅しました。
翌日の朝……大体いつも朝練でまだ混み出す前の電車に乗るんですが、その隣の駅で停車した時にふっと駅のホームの中間くらいから視線を感じて窓の外を見たんです。
そしたらね、見てるんですよ。
目が。
目だけがジッと柱の影から車内を見てるんです。
本能的に『善く』ないなというのだけは感じて直ぐに目を逸らしてしまったし、乗降の終えた列車はダイヤ通りに1分も止まらないうちに駅を出てしまったのでそれ以上はよく観察できませんでした。
ただ、それからやはり同じ路線の車内で……そうですね、一週間くらいのスパンで見るんですよ。
目の次は腕でした。
春先とはいえまだ肌寒い日も多いかったんですがその路線を使って西の方のアパレル関係で働いてるんだろうなというのが容易に知れる年頃の女性の方々は、普通のオフィス従業者に比べると薄着です。カットソーに少し厚めだけど淡い色のカーディガンを合わせたり、半袖ニットと薄いトレンチコートみたいに一枚脱いだら夏でも充分対応できるファッションが多いです。ボク、そういうのは詳しくなくて適切な表現できてるか解らないんですけど。
スミマセン、前置きが長すぎました。
そう、それで――見ちゃったんですよ。二の腕の『ない』人。
勿論、先天性後天性問わず、腕が欠損している人ってのは割と普通に存在してるって知ってるし、クラスメイトに居たこともあるのでそんなくらいでは別に驚いたりしないんですよ。
その女の人の腕は布の中身が物質的になくて『ない』のではなくて、やはり靄がかかったみたいに見えづらい状態の『ない』だったんです。
これがなんでもない時ならば「疲れてるのでしょうか。寝不足かもしれないです」としか思わなかったんですが、すぐに先日の目のない女性とホームから見ている目を思い出してゾッとしました。
実は例の目が見ていた場所をそれからも列車の中から何度か見たんです。
え? 怖くないのかって?
すみません、なんだかその時は怖いよりも不思議さの方が先に立ってしまって……ボク、そういうの気になる方なんですよ、知ってるでしょう?
何かタイミングというか条件があるのか、一度だけ白い細い腕がチラリと見えただけで果たしてあの腕だったのか、それとも本当に柱の陰に人が居たのか解らない程度でした。
ただ列車の中での不思議な出来事は続きました。
腕の次は耳、耳の次は首、首の次はトルソーと同じ箇所が見えないことは一度もなかったです。ただ共通してるのは妙齢の女性ばかりでした。
あと全ての方がボクが乗り込む駅の隣の駅で乗り降りしていることにも気づきました……ええ、緑間君、よくご存知ですね。あの駅です。その頃ちょっと話題になりましたよね。
それから暫くしてテスト期間に入り、部活がないある日、ボクはたまたま探していた新刊本が見つからなくて途中下車して本屋に寄りました。
幸い定期ですし、最初は大きな本屋がある某駅まで行けば手に入るだろうとタカを括っていたんです。ちょうど学校の最寄りから快速に乗るとどうしても乗り換えしなければいけない駅ですし、そんなに遅くなることはないかなって。
ところが普段使い慣れてない駅だからか思ったほど容易に本屋を見つけることができなくて――ええ、そうです。ボクの思い込みだったんです。大学が沢山あるから本屋も沢山ある筈だって。
困ったなと思って次は比較的よく使う4つ隣の駅で降りることにしました。そこならば駅ビルに大きな本屋があることが確実に判っていたからです。
無事探していた本は見つかってボクは帰ろうときた列車に乗り込みました。うっかりしてたんでしょうね。乗ってすぐ、その列車は自分の家の最寄駅に止まらないことに気がつきました。
ボクは次に止まった駅で乗り換える為に降りました。
そうです、例の駅です。
……火神君、ビビり過ぎです。びっくりするじゃないですか。
で、次にくる各駅停車の電車までホームで買った本を読んでました。幸いそんなに混んでいなかったのでベンチに座って邪魔にならないようにしてましたよ。で、視界の端で赤い色が引っ掛かって釣られてふと目を上げたら。
――赤いフレアスカートのワンピースの下に脚が『ない』女の人の後ろ姿が落ちていくところでした。
ちょうどホームの中頃から、その駅を止まらないとある列車が通過する瞬間でした。駅の中は騒然となり、誰かが緊急停止ボタンを押してくれたんですが、ちょうどこう、ホームが少しカーブを描いていて、走ってくる列車の運転手さんからは見え難い位置なんだそうです。後からネットで調べたんですが。だから『名所』になっちゃったんじゃないかって。
……いえ、自殺なのか誰かに押されたのかは全く判らなかったみたいです、ボクも見てなかったですし、誰も見ていなかったそうです。あんな目立つ服を着ていたのにそこに居たのすら気づいた人はいなかったそうです。まるでボクみたいな人ですね。
ただ電車とレールの隙間から細いけど程良く肉のついた白くて綺麗な脚が見えて、なんとなく、ああ、これが欲しかったのかな、って思いました。
――それからやっと脚が手に入ったんだなって。
作品名:【黒バス】黒子の怪談 作家名:天野禊