【黒バス】黒子の怪談
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その日、あの女子は立っていなかったのだよ。
代わりにちょうど正門を潜ろうとしていた老婦人と行き合った。
……ああ、勿論、高尾にも見えるちゃんと生きている人間だ。年の頃は判らんが校門前の緩い坂道を上がってくるのは大変だったであろうなと思うくらいにはご高齢に見えたな。
黒の日傘を挿し、品の良い夏物の喪服を身に纏い――手には白い菊の花束と……若干黄ばんでいたがあの手拭いのような物を持っていた。思わず声をかけた、その振り返った時の瞳の感じが正にその人だったのだよ。
聞けば卒業生なのだそうだ。とは言えまだ彼女が『あの姿』だった頃は旧制中学の時代でその後統合された女学校の方の卒業生なのだそうだがな。
ああ、彼女が付けていた校章はこれだ。うちの校章のこの重なり合った花弁の部分だけだったから妙に見覚えがあるような気持ちになったのだよ。
彼女はオレ達を伴って正門を入り、ポツリポツリと思い出話を聞かせてくれた。
さっきの高尾の説明には出てこなかったが、正門を入ると旧講堂がありその脇の片隅にひっそりと彼女が通っていた女学校の正門の柱が移築されて未だにあるのだよ。
彼女はその場に花を供えた。
彼女が動けなかったのは約束が『この門の前』だったからなのだよ。
会えなかった人。
渡せなかったもの。
千人針……と言っても火神と青峰と黄瀬には解らんか。あとで黒子に教えて貰え。
そして……帰らなかった人。
将来を約束した訳でもなかった、年端もいかぬ彼女の元には本当に何も帰ってこなかったそうだ。
ただこの門の前で会おうという果たせなかった約束だけしか残らなかった。
灼きついてしまうくらいの無念の想い出。
以来、毎年、この日にはここに『供養』に来るのだそうだ。
うちは卒業生の教諭は多いがその先生方が生徒の頃から毎年欠かさず続いてきた習慣はやがて形骸化して、それでもいつか会える二人の逢瀬を邪魔してはいけないという郷愁の念だけが残り、ああいった形の不文律と変化していったのだろう。
作品名:【黒バス】黒子の怪談 作家名:天野禊