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A Long Time ago

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――このゲームに負けたら、なんでも言う事を一つだけ聞く――


そんな他愛もないルールを作って遊ぶのは、至極普通のことだろう。
夏の日差しも眩しい昼過ぎ。
その家の部屋に集まった二人も、そんなルールを作ってゲームをしていた。
どこから持ってきたのか、古いトランプを繰るのはその家の子どもである鉢屋三郎。配られたカードを見て、ニッコリと微笑むもう一人も、その家の子供である雷蔵だ。
雷蔵は三郎の双子の兄。
三郎は雷蔵の双子の弟。
彼らは二卵性双生児だというのに、顔はそっくりという稀に見る双子である。

「あがり」

最後に揃ったカードを捨てて、三郎は得意そうに呟く。一枚だけ残ったジョーカーのカードに、雷蔵はそれでもまだニッコリと微笑んだままだ。
そもそも、彼が笑顔を崩すことはほとんどない。
この世に生まれて十五年。共に過ごしてきた三郎でさえ、ほとんどその顔が崩れたところを見たことがないのだから、それは間違いないだろう。ゲームに負けたことをすんなり認めて、さっさとトランプを片付け始める兄に、弟である三郎は勝ったというのにどこか釈然としない。それどころか『さて?』と逆にかけられた声で、姿勢を正したくなる心情は、彼が兄に頭が上がらないことを知らしめていた。

「三郎の言うこと、なんでも一つだけ聞くよ。どうして欲しい?」
「うーん……改めてそう言われるとなあ」
「お前はいつも好き勝手なことしてるしね」
「雷蔵には悪戯してないだろ、お前にやってもすぐにバレるし倍返しが怖い」
「懸命だね。で、どうする? 今からお前の好きなおやつでも作ろうか?」

他愛ないそんな会話の中、ふと三郎に魔が差した。聞いて欲しいわけではもちろんないし、叶えて欲しいわけではないのに、どうしてかその願いが浮かんだのだ。
それに、この願い事を聞いた雷蔵が、どんな反応を示すのか。それを見られるだけでも面白いかもしれないと、悪知恵が更に彼の背中を押した。

「じゃあ死んで見せて」

口に出した言葉に、一瞬雷蔵の笑顔が固まった。
ぴくりともしない口元に、三郎は度の過ぎた言葉だったかと冷や汗を感じる。
冗談だよ。
慌ててそう否定しようとすれば、逆に雷蔵が「なぁんだ」と心底肩を落としてため息をついた。
思わぬ展開の反応に、今度は三郎の顔が固まる。泣きそうな、笑っているような、そんな微妙な顔は、とても変な顔だったことだろう。
するりと頬を撫でる雷蔵の手がやけに冷たくて、背筋が凍る。

「そんなことでいいんだ? 簡単すぎて逆に驚いちゃったじゃん」
「えっ、」
「じゃあちょっと待ってね」
「ら」

三郎の呼び止める声も届かず、雷蔵は片付けたトランプを横に置くと、おもむろに立ち上がる。向かった先の窓枠に腰掛けると、机の上にあったはずのカッターを手に微笑んだ。
うっすらと侮蔑が含まれたその笑みに、三郎は体の芯から肝が冷える。取り返しのつかない言葉を口にしたと、今更後悔したところで遅い。目の前の兄の目は、本気としか捉えられない。
キチキチと、カッター特有の音が響く。

「三郎はどっちがいい? 僕の頭が潰れてトマトになるのと、僕の首が真っ赤になるの。見たいんでしょう? 死ぬところ」
「ちょ、ちょっと待って、ちょっと待ってよ雷蔵。その願いごとは嘘だよ、冗談だってば」
「えー今更ダメだよ、変更不可。三郎だってルール知ってるだろう? どこの世界に、やっぱりその願いをこっちの願いと変えてくれっていう融通を利かせる人がいると思うの?」
「だからって!」

まるで消しゴムの色を選ぶように、軽く聞いてくるその質問は、更に三郎を動揺させた。そんなものどちらでもいい、どちらも本当の望みじゃない。そう言っても、完全にキレた雷蔵の耳に届かないことは、火を見るよりも明らかだった。
張り詰めた空気に、三郎は汗が止まらない。
カタカタと震える指先が、ガチガチに固まった足が、雷蔵へと近寄らせてくれない。

「どうしてそんなに怖がるの? 三郎が望んだんだよ、一瞬でも」
「そ、それはっ……」
「お前には僕が必要ではないんだろう? 可愛い可愛い彼女を、僕に黙って作ったんだもんね。だからそんな願いが生まれた。無意識としても、僕を要らないと思ったんだよ、三郎」
「違っ――」
「はい時間切れー。片付けの楽な方を選ぶね。さよなら、三郎。ちゃんと見てね」



そんな言葉と共に、雷蔵の体が窓から消える。
聞いたこともない音が家を揺らし、運悪く外にいたのだろう母親の叫び声が外に響いた。


暑い夏の始まりだった。
作品名:A Long Time ago 作家名:sato