二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

皐月と弥生。

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「こんにちはー。今日も暑いね」

暖簾をくぐると、帳場で書き物をしていた幼馴染みの若旦那が、顔を上げる。
そして皐月の姿を認めると、にっこりとやさしく微笑んだ。

「スーツ、暑そうだね。お仕事?」
「近くに用があったから来ちゃった」

つまりはサボりなのだが、彼はそんな皐月を咎めることはせずに、すっと立ち上がった。
日頃から着物で過ごしているため、そんな些細な所作にさえ、ふいに目を奪われる。

「おつかれさま。冷たい麦茶淹れてくるよ」
「わーい!やよちゃんだいすき!」

軽い口調で調子のいいことを言えば、あちらもいつものことだと、さして気にした様子もない。
もっと気にしてくれてもいいのに、と思うくせに、こんな風に聞き流されてしまうくらいの距離が心地よいのも確かなのだ。
我ながら、いつまで経っても煮え切らない。

「そういえば、この間、長月さんが着てた浴衣、やよちゃんが見立てたんだって?」

冷たい麦茶を一気に半分くらい飲み干してから、思い出したように訊ねる。
すると彼は、うれしそうにパッと笑みを咲かせた。

「ああ、そうなんだ。よくわからないし全部任せるよ、って言われて、久しぶりにはりきっちゃった。よく似合っていたでしょ?」

もちろん、よく似合っていたとも。
浴衣姿の長月と彼が並んでいる姿を見て、つい後ろ暗い感情を覚えてしまう程度には。

(ま、そんなこと、言えやしないけど)

二人が幼馴染みで親友で、未だに仲が良いことは周知の事実だ。
どこかの腐女子が目を輝かせるような関係ではないと知っているし、例えそうだったとしても、自分がそれについてとやかく言う立場にないことも重々承知している。

だが、そうとわかっていても、どこにも片付けられない感情が自分の中にあるのもまた事実。

「――――ねえ、やよちゃん。俺は?」
「え?」

きょとんと訊き返されて、一瞬ひるむ。
しかし今さら誤魔化してしまうこともできず、視線を逸らしつつ、精々いつも通りに見えればいいと念じながら、わがままを口にする。

「……その、俺にも、浴衣、見立ててくれない?」
「ああ!そういうことなら、もちろん喜んで。皐月くんは背も高くて体格もいいし、何を着ても似合うと思うよ」

淀みない褒め言葉の常套句に、何とも言えない苦笑いが浮かぶ。
本心で言ってくれているのはわかるけれど、素直に喜びたくない気持ちが、ぐらぐらと揺れる。

「商売上手だなあ」
「ボクなんか、まだまだだよ」

本人はそう言うけれど、若旦那姿はすっかり板についてきた。
反物を抱えて肩にかける手つきも、それを見比べる視線の動きも、自分の知る幼馴染みのものとは、どことなく違っている。

「淡い色もいいけど、ぱっきりとした濃い色柄もいいね。ああ、瞳と同じ色とか、どうかな?」

そう言ってこちらを覗き込む、彼の襟元からのぞく首筋の白さに、ふいをつかれて息を呑む。
今の自分が何を考えているのかなんて、彼の弟にわずかでも知られたりしたら、一生口を聞いてもらえない気がする。

つまり、自分が彼に抱くのは、そういう種類のものだ。
それをこんな平日の昼間に思い知らされている己のどうしようもなさを、心の底から呪いたい。

「あのさ、この浴衣ができたらさ、一緒に花火、見に行かない?」
「ボクと皐月くんで?」
「……だめ?」

彼の反応が予想以上に淡白だったことに、すでに泣きそうになっている。
おそるおそる反応をうかがっていたら、彼は突然、無言ですっと立ち上がると、持ってきた反物を抱えて、さっさとそれを片付けてしまった。
泣きそうというか、すでに半分涙目だ。

「やよちゃん……?」
「お仕事終わったあとに、またおいで。ついでじゃなくて」

片付けを終えて振り返った彼は、いつものやさしい笑顔で振り返り、そう言った。
意味がわからず間抜けな顔でポカンとしていたら、彼は肩を竦め、再び目の前にすっと膝を突いて座った。
先ほどよりも、拳ひとつ分くらい、近い距離。
他には誰にもいないのに、彼は声をひそめて、そっと囁いた。

「あんなこと言われたら、本気にならないわけにはいかないじゃない?」

そして、耳まで真っ赤になった皐月を見て、からかうでもなく微笑むと、こちらのスーツの胸元を、ポンとやさしく叩いた。

「夏が終わる前に間に合わせるから、花火やってる場所、調べておいてよ」

その言葉にコクコクと精一杯うなずく。
彼の真意を問いただすことなど、今は二の次だ。
残りの麦茶を飲み干して、じゃあまた来るから、と立ち上がる。
すると、彼は店の外まで出て、笑顔で見送ってくれた。

「じゃあ、午後もお仕事がんばってね」

その一言を、事務所に戻るまでの間、何度も頭の中で反芻する。
勝手に熱くなる頬が、この茹だるような暑さのせいでないことくらいわかっている。
わかっているのだが。

(夏のせいにしなきゃ、こんなんやってらんねーっての!)

喚きたくなる気持ちをぐっと堪え、とにかく今日は何としても絶対に断固として定時退社、を心に誓った。



作品名:皐月と弥生。 作家名:あらた