唯一
行為が終わればすぐ離れる。それが二人の決まり事だった。
冬の世界だとか雪の世界だとか色んな表現があるが、閉じられた世界にいた頃、彼と彼女は互いが唯一で、そして無二だった。
帰りたい会いたい帰りたい会いたい外に出たいという悲しむ女の、蜂蜜色の髪をゆっくり撫でて、
帰りたい会いたい帰りたい会いたい外に出たいという不平を言う男の、雪に似た銀髪を胸に抱き、
互いをまるで世界に二人だけしかいないかのように求めあい、激しくそれを交換しあった。
慰めているだけだと男が嘯くのを、利用しているだけだと女が意地を張り、決して本音を言わずにただただ肌を求めた。
何故かと聞かれれば、甘えられる相手が女には彼しかいなかった。
何故かと聞かれれば、甘えたい相手が男にはたまたま彼女だった。
そう互いに自分自身に嘘を吐いて、ぬくもりを求めるように互いを求めたのだ。
行為の最中、ギルと呼べば優しく応えてくれた事。
行為の最中、エリザと呼べば涙目で見上げてくれた事。
そうした些細な甘さを1つ1つ胸に刻んで、忘れて、何度も何度も夜を重ねていったのだ。
愛している、なんて言葉を吐かずに想いだけが行為の最中ぶつかり合って、だけど二人はそれをあえて無視し続けた。
その方が都合が良いから-そんなふうに己を誤魔化しあって、ずっとその世界で生きてきたのだ。
だがそれは突然起こった。
女がその世界から出ていかなければならなくなったのだ。
勿論男も女も何も言わない。行くなとも一緒に行こうとも、手をつないだまま唇は閉じ、言葉だけが二人の間に何もなかった。
互いの立場を理解してるからこその我慢であり、判っているからこそ-言葉はいらなかった。
代わりに男は女の薬指に歯形をつけた。
困惑する女に男はいう。緋色の瞳を草原色の瞳に向けて。
今は俺様には何もない。多分俺様がここから出ていく時もきっと何もない。もしかしたらこの身体ごと朽ち果てて、もう二度と会えないかもしれない。
だけどもし、もし消えずにここから出て、お前にもう一度会えたら……
「ずっと言いたくて言えなかった言葉を言ってやるぜ」