嘘。嘘。嘘。嘘でなにが悪いのさ?
「あはは、嫌だよシズちゃん。こんなに楽しい町はそうそう無いからね」
彼の口に銜えたタバコが地面に落ちるくらいに叫び、激情に駆られたように投げ飛ばされた赤くカラーリングした自動販売機を避ければ、シズちゃんはこちらまで聞こえるくらいの盛大な溜め息をついていた。
「手前は身体だけは人間なんだから、当たると思ったんだがな」
「シズちゃん、今は夜中だからわかりにくいけど大通りだよ? 投げてくるのも想像していたし別になんともないけれど」
わざとらしくコートの埃をはたけばシズちゃんの顔には大量の青筋がたっていた。綺麗な顔が一瞬にして俺の好きな顔になった、俺を心底憎んでならないのをありありとわからせる顔。
嗚呼、俺が思いつく一番の顔だと思う。皆にも怒りに任せた表情を見せるが自分に向けられるのは格段に綺麗な眉を寄せて、額には青筋、口元も歪めて。
「あ゛ぁ? よっぽど殴って欲しいんだな」
「いやだなぁシズちゃん。そんな訳ないじゃないか」
俺は断じて自虐主義を持ち合わせてはいないので正直なままに発言すれば自販機を投げた後に気持ちを紛らわすために新しい一歩に手を出そうとしていたのだが、箱を子気味よい音をたてて握りつぶしていた。
「遺言はそんだけか?」
「はは、面白い事を言うね。そんなに遺言を言わしたいのならもう一つ言ってあげるよ」
「……んなもん、勝手に言ってろ。俺には関係ない」
ずがん、と地面が震撼する音が聞こえて、それがシズちゃんが俺にぶつけ損ねた自販機を蹴り飛ばしたようだった。金属で頑丈に作られている筈の側面は大きく凹んでしまって見るも無惨な光景としか表現のしようがない。
「じゃあ、」
「シズちゃん。大好きだよ」
びく、と彼の肩が震えたのがわかる。サングラス越しにも信じられない、と目を見開いている彼が想像できた。その直後横に不自然な形で設置されていた自販機をこちらへと投げ飛ばしてくれば、先ほどよりスピードが増したそれを避ける技術などさらさら持っている訳もなく身体を叩きつけるような衝撃と共に骨でもやってしまったのだろうバキ、と嫌な音さえも響いた。
「清々した」
「シズちゃん……愛が重いよ」
「手前、遂に可笑しくなったか」
バーテン服に似合うように揃えたであろう革靴で、身体は覆わないものの俺の隣で横に寝っ転がっている自販機を踏み潰しながら嘲りにも似た乾いた笑みを浮かべたシズちゃんはワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出せば豪奢な柄のついたジッポで火を灯して吸い始めた。寿命が縮まるとかなんだとか軽口を叩くのが常なのだが如何せん今回は珍しくもろに鈍器を食らった所為でそんな気力も起きなかった。
いつも羽織る事にしている分厚いコートは彼の攻撃によっての自分にくる衝撃を減らす為に使用されているのだが(お陰で消耗品である)、また新しくこしらえなくてはならないなとため息をついた。
なぜ同じ人間という俺が好いて止まない種族に属す事を認められているのだがふしぎでたまらない力である。故に自分が愛する人とは違うカテゴリーで愛しててやまないとも言うのが真実だけどそんな問題ではない、やはり骨がやられているのか立ち上がろうにも激痛が走ってならなかった。
「俺は可笑しくなってなんかないよ。ただ、足が可笑しくなっただけで」
「足? 手前、別に足は悪くないはずだろ」
「君の莫迦さ加減には時たま尊敬したくなるよ。今、シズちゃんの所為で、骨折したんだ」
シズちゃんは大人しく聞いていた筈なのに口角を吊るような笑みを浮かべた瞬間、俺と同じ位の目線へと下ってきた。口に食んでいた煙草を手に持ち替えればそれはもう凶悪そうな笑みを浮かべつつ火がついた先っぽを皮膚へと押し付けてきた。
「……!?」
「手前には、そんな見窄らしい姿がお似合いだ」
「そっか。俺に愛をくれたんだね」
コンクリートの冷たい床に唾を吐き出したシズちゃんは凶悪そうな瞳を俺へと向けてきた。酷く見下されているような感覚、いつもは癪に触るそれだけど今はなんら関係がないように感じた。
「は、勝手にほざいてろ。今日はどうせ嘘吐きが笑う日なんだろ? 他人を敵に回す奴にはもってこいじゃねぇか」
「そうだね、シズちゃん。俺は楽しい為にはなんだってするし、今日もいつも通り沢山嘘吐いた」
ところでどうして君は今悲しそうな顔をするのだろう? 俺には理解出来ない、嘘を吐き合う関係以外でなにがいけないのだろうと。
「じゃあ、手前の今日言った言葉は全部嘘なんだな」
「そうだけどどうか、したの?」
(嗚呼)
まさかだとは思うけれども、もし彼が悲しむ理由が俺が考えている事と一致すると仮定するならば面白い事になってきた。
(嘘は二つだよ、シズちゃん)
飽きたように帰路についた相手の背中を見送りながら携帯へと手を伸ばし新羅の番号を探り当てれば治療をして貰おうと通話ボタンを押した。
作品名:嘘。嘘。嘘。嘘でなにが悪いのさ? 作家名:榛☻荊