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花と散るや【腐・垣一】

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※土一前提
歴史背景は気にしてません!!一応明治辺りイメージです




「月が綺麗だな」



「テメェがンなこと言ってもよォ、浪漫の欠片も無ェよなァ?」

「こりゃ手厳しいね」

朧月がお互いの輪郭を照らしている。
如何にも遊郭通いが似合いそうな軽い服装をした長身の男と、何処か浮世離れした風情の白髪の男がある遊郭の角で向かい合って立っていた。

「今日もフラれたのか?」

「ああ、全く遊女って言っても流石は花魁だ。なかなか振り向いてくれやしない」

「いい気味だ」

ククク、と白髪の男が肩を揺らす。さらり、と長い髪が流れた肩は細く、そのどこか傲慢な態度が無ければ男女の判別にすら迷うだろう。
ひでえな畜生、と言いながらもう一方の男が懐から包みを取り出した。
繊細に和紙で包まれた薄桃色のそれは、一見茶菓子が何かが入っているように見えた。

「ほら、約束の珈琲。高かったんだぜ?」

「おォ、悪ィなァ。コレが無ェとどォにも、な」

「ったく……」

全く悪びれないその態度に、男―――垣根は嘆息した。何故こんな使い走りのようなことをしているのか、最早自分でも説明不可能である。
出会いは最悪だった。



遊郭街をぶらぶらと歩いていたら足を引っかけて転んだ。
文字にするとたったこれだけのことだが、垣根の自尊心を傷つけるのには十分だった。それなりにこの界隈では伊達男で鳴らしたのだ。そんな色男がただの段差で躓いて派手に転げるなど、あっていい筈がない。
裏通りであったし、幸運にも周りに人はいなかったがどうにも恥ずかしく、すぐに立って着物を叩いたところでその男に気づいた。

「よォ、垣根だったか?」

にやにや、と隠す気もない嫌らしい笑みを浮かべた白い男。如何にも馬鹿にしてますよ、と言わんばかりだ。その白さと不釣り合いな真っ黒い着物を着ているだけに、その髪と肌が一際目立つ。何処か淫靡な雰囲気を纏っているのは、遊郭に住む者の性だろうか。

「……鈴科、だっけ」

勿論、聞いたことはあった。異人の子だとか妖魔の類だとか言われているが、実際は何かの病気で色が抜けているだけらしい。だが、そういった事を知るには色々と裏に精通している人間でなければ不可能だ。例えば垣根のように。だから遊郭に出入りする殆どの人間は彼を避け、忌み嫌っている。らしい。

「へェ、この遊郭きっての伊達男に知られてるたァ、俺も名が売れたもンだ」

「言ってろ。たまたま耳にしただけだ」

「ふゥン、そォかよ」

かかか、と軽く乾いた笑い声を漏らす鈴科は聞いていた以上に細かった。

「どォせ浜面か蛙医者だろォ?彼奴達はすぐに人の情報を漏らしやがる」

「正解。浜面ってやつ、ありゃ酔ったら何でも話すクチだぜ?どうかと思うねえ」

「……お前には関係無ェ」

雰囲気が変わった。ある程度喧嘩で場数を踏んできた垣根は肌で感じ取る。浜面とかいう男を馬鹿にされたのがそんなに気にくわなかったのだろうか。

「人の連れを勝手に貶してンじゃ無ェよ。いつか要らねェ恨み買うぞ」

「はいはい、精々気をつけますとも」

垣根はそう言って軽く手を振ると、もと来た大通りの方に向き直った。背中に彼の声はもうかからなかった。やはり特に垣根に興味があったわけでは無く、『この遊郭の界隈で鳴らした伊達男が転んだ』という事実がただ単に面白かっただけらしい。
そのことに何となく苛立ちを感じた垣根は、つい捨て台詞を言ってしまった。

「まあいいけど、ちゃんと襟は締めておけよ。目立つぞ、その肩」

「…………っ―――!!!??」

あたふたと慌てている気配が背後からしっかり伝わってきて、思わず垣根は笑いを漏らした。



鈴科は土御門という、この遊郭を経営している男に飼われているらしい。
別に男が男を買うのも買われるのも珍しいことじゃない。特に鈴科は華奢で少女のように見えることだってある。『そういう』対象になるのもおかしくないだろう。
ただこの周辺ならともかく、他の地区の裏路地にはそれを知らず、手を出そうとする愚者もいる。何故かあの後それなりに話す仲になった垣根と鈴科のことを何処で聞きつけたのか、土御門は鈴科の護衛を垣根に時折頼むようになっていた。ちなみに垣根と会ったときは海原とか言う男が付近にいたらしい。ぞっとしない話である。
いつも垣根という訳でも無し、しかも垣根が丁度用がある街に図ったように頼まれるものだから、断ることも出来ずにだらだらと付き合っている。
今日はその帰りに垣根が最近贔屓にしている花魁の処へ向かったのだ。

「珈琲ってお前が思ってる以上に高価なんだぜ?知ってるか?」

「常識は通用しねェンだろ?」

「いやまあ懐が寒いなんて事は無いんだけどさ」

何しろ色々やってるから。とは言わない。
こいつはこの街にあって異様なほどに綺麗だ。外見だけでは無く、中身までも。
土御門が過保護なのか、そもそもこいつは殆ど外に出ない。十日に一度出るかでないか、だろうか。いや過保護というより、最早首輪を着けて飼っているのかと思うほどである。鈴科も呆れるほどに従順だ。

「珈琲なンてなかなか飲めないからな。たかれるやつにたかっとかねェと」

「土御門に頼めばいいだろ」

「ンな悪いこと出来るか」

「おーい。何かおかしいと思いません?自分で」

「いやァ全く?大体テメェにはそれなりに代価払ってンだろォが」

「……お前ってさ、実は育ち良いだろ」

「……は、ァ?」

「いや何つうか、本当にそういう所義理堅いからさ。あと仕草。」

「……お前が売女ばっかり見てるだろォが」

「嫉妬?」

「阿呆」

そう言って鈴科はその包みを懐に入れると、下駄をからからと鳴らしながら去っていった。
「……何やってるんだかなあ」

一人小さな街灯の下で月を仰いだ。先ほどより大きくなった気がする月の色が何処か虚しい。
何となくこういう関係が嫌なのは自覚しているが、その先に進めない。
土御門を厄介だと思うのもあるし、鈴科が土御門以外にそうそう体を許すとも思えない。
其処まで考えて垣根はく、と嘲笑を漏らした。体、と言っている時点であの男は自分に決して振り向かないことを誰より知っているからだ。

「負け戦なのは火を見るより明らかだが……まあいいさ」



「俺に常識は通用しねえからな」