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アバンギャルドの背中にて

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咀嚼、咀嚼、咀嚼、嚥下。味覚は消えた、有限の繰り返し。渇いた食べ物、渇いた口内。緑の木は高い。さらう風は生温い。頭の中は空っぽだ。だけれど、これ以上なにかが入る気はしない。彼の頭の中は空っぽという空っぽが詰め込まれて、何もなさすぎて何も入らないのだった。

こいつはさっき俺の前でなんと言った?
(半田が、)
いやいや、嘘だ。さっきのは幻聴、幻覚、妄想?
(…とりあえず、あれが本当に本物なわけない)
そう自分に言い聞かせながら、屋上で半田は一人お弁当を食べていた。なぜこんなに必死なのかはわからなかった。


「…どうしよう風丸」
「自業自得じゃないか?」
目の前にいる元陸上部員は、相変わらずつれない。
「いやいや!だって!」
「半田のあまりの鈍さが頭にきていきなり何の脈略もなく告白して相手もびっくりしてたけどそれ以上に自分にびっくりして逃げてきてしまいました、まる」
「うっ…」
「完全に自業自得だな」
「ああ…うん…」
有り体に言えばそうなのだ。
「なんで言っちゃったのかな…」
言うつもりはなかった。まだ、というだけの話だが。だからいつかは言うつもりだったのだ。そのいつかが、いつ、なんてことはまだ全く見えていなかったが。
「知ってもらいたかったんじゃないか?」
悶々とする松野を見つめていた風丸がおもむろに口を開いた。松野が顔を上げると、こちらを見遣る彼の瞳とばっちり目が合った。
風丸は相変わらず、何を考えているのか測れない。


「どうしよう」
「…」
「どうしよう」
「あー…」
「どうしよう」
「…落ち着いたらどうだ?」
ばっと半田が机から顔を上げれば、難しい顔をした鬼道が少し驚いたように引いた。
「俺どうしたらいいかな」
「とりあえず落ち着いて考える事から始めたらいいと思うぞ」
「うーん…そうだな」
弁当を食べ終わって、全速力で教室まで戻ってきた。そこでたまたま一人で本を読んでいた鬼道をとっ捕まえて事の次第を話し、今に至るわけなのだが。どうにも話せば話すほど頭の中がこんがらがってきてしまった。それに今更だけれど、どうして鬼道に話してしまったのだろうかという後悔ももじわじわ背の方から這い上がってきている。こんな事を話されても鬼道だって困るだけだろうに。
「俺は松野に返事をしたほうがいいと思うか?」
しかしもう無かったことにはできない。ならば変にごちゃごちゃさせるよりは素直に助言を仰いだほうがいいだろう。そう考えて半田は鬼道に向き合った。
「…まず松野に会って、本当のことを聞いて、それからじゃないか?」
ゴーグルをつけたチームメイトは言って、小さく息を吐いた。
「半田もまだ松野から全部聞いたわけじゃないんだろ?」
「ああ…なんていうか、言い逃げ? わけわかんないうちに言われて、理解する前にあっちからダッシュで逃げられた。」
どちらともなく溜息をつく。
「松野のやつ何考えてるんだ…」
開けた窓から吹き込む蒼い風が髪を揺らす。今一日で最も高いところにある太陽が、グラウンドを舐めるように照らしていた。