二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
蒼氷(そうひ)@ついった
蒼氷(そうひ)@ついった
novelistID. 2916
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ロンリーボーイ

INDEX|1ページ/1ページ|

 


突如聞こえた怒号と、複数の荒々しい足音。
渡り廊下のガラス越しに下を見下ろすとそこには、見慣れない複数の黒い影の中に一つだけ見慣れた水色のシルエットがあった。
周りをぐるりと黒い影に囲まれながらも、水色に身を包んだ男は怖気づいた様子がない。
むしろ複数で囲んでいる(恐らく他校の生徒だろう)彼らの方が、逃げ腰になっているような気さえした。
放課後の、もう日も傾きかかった今、この緊迫した空気を感じているのは当事者の彼らと、それに気付いた臨也だけだ。
初めこそ臨也は静雄に喧嘩を吹っかけるよう、他校の生徒に手当たり次第に声を掛けていた。
だがある日を境に、臨也が知りもしない学校の生徒が――時には隣町からわざわざやってきてまで――静雄に挑むようになった。
その時既に形作られ始めていた、“池袋で最強”の噂が血気盛んな高校生の興味を駆り立て、それは様々な媒体を通してあっと言う間に広がったのだ。
そうして彼――静雄は、自らの望まないまま戦いの日常に巻き込まれることになった。
事態が自分の手から離れ、急激に膨張し始めた事に若干の戸惑いは覚えたものの、それは間違いなく臨也にとっては望みどおりの展開だった。
元来、参謀気質の臨也は自ら静雄に手を下そうなどとは微塵も考えていなかった。
力を自慢にしている奴らを適当に煽って、静雄が重傷あわよくば死傷を負えば儲け物、くらいの考えでいたのだ。

高校生にしては高身長な静雄の胸倉を掴み、グループのリーダーらしき男が何事か怒鳴っている。
静雄より頭一つ分くらい背の小さい男が、粋がって静雄を睨み上げている姿は酷く滑稽な物として臨也の目に映った。
傾いた夕日によって長く引き伸ばされた影が揺れて、じりじりと輪の円周を縮めていく。
その時点で臨也の “その他大勢の男達”への興味は薄れ、代わりにその視線は円の中心に据えられる事になった。
しゃんと背筋を伸ばして毅然とした佇まいを見せる、彼の頭上へと。
自分でも説明の付かない感情がグルグルと胃の辺りで渦巻いて、忌々しさに臨也はついと目を細めた。
平和島静雄という存在の抹消、そんな呪詛にも似た思いと同時に何か他の感情が混ざり合い、腹の底で鬩(せめ)ぎ合っている。
それをやり過ごすように一度舌打ちをしてから、臨也は踝を返し、するりと滑るようにその場を後にした。

窓から斜めに差し込む光が、リノリウムの床に橙色の格子模様を描いている。
それを踏むように歩きながら、臨也は彼の姿を出来うる限り正確に、脳内に思い浮かべた。
毎日、彼にとっては見に覚えのない闘争に巻き込まれ、静雄の身体には生傷が絶えなかった。
不意に接近してしまったときなどはいつも消毒液の香りが鼻を掠めたし、今も彼の頬には白いガーゼが申し訳程度に貼られている。
それを哀れだとは思わなかった。むしろ彼の傷ついた姿を見るたび、言い知れぬ興奮を覚える自分がいた。
今も、彼が不良達に囲まれて多少なりともその身体を痛めつけられていると考えるだけで、笑いが込み上げてくる。
(そうだ、この感覚だ――)
先刻の、吐き気のする様な得体の知れない葛藤は、記憶の作用に従って都合よく忘れる事にしよう。
隠し切れない昂ぶった感情に唇の端を吊り上げながら、臨也は上機嫌で下へ下へと階段を降りていった。

「静ちゃん」

見渡す限りの死屍累々。といっても、正確にはそれらはちゃんと息をしているのだが。
呻き声や逃げるような動作が見られないのを見ると、どうやら全員気絶させられているようだった。
あちこちで不様に転がるポーンの中心で、堂々と立ち尽くすキングに向かって俺は声を掛ける。
返事はなく、代わりに殺人光線のごとき視線が寄越された。
殆ど水平になってしまった夕日が、彼の白いシャツにオレンジと黒の不気味な陰影を付けている。

「嫌だなあ、そんな怖い顔しないでよ」

肩を竦めて真っ直ぐに目を見つめれば、身を焼ききるような視線に射抜かれる。バチリ、と弾けた音がどこかから聞こえた気がした。
しかしそれもすぐに緩んで、糸が切れた操り人形の様に、彼の身体はそのまま重力に従って崩れ落ちる。
がっくりと膝を突いた彼に、臨也は虚を突かれた様な表情を見せた。だが、それも一瞬のことだった。
踊るような足運びで、臨也は彼の元へと歩み寄る。
名もなきジョーカーに頭(こうべ)を垂れるキングの姿に、些(いささ)か期待外れと言った感情を覗かせながら。

「あれ、静ちゃん死ぬの?」

まるで今日の天気を尋ねるような気軽さで紡がれた言葉は、緩い放物線を描いてぽとりと地面に落ちた。
(違う、落ちたのは声じゃない。嘘だ、こんなのは――)
目の前で醜態を晒している筈の彼の姿が、霞んでいてよく見えない。
今日という日の生活の中で、自分の視力に異常を来たすような出来事は何もなかった。

―― ならば、これは。


「何、泣いてやがる」

血の付いた彼の指先が、ぎこちなく頬を撫でる。目を瞬かせると、そこでようやく何か生温い感覚が肌の上を滑るのを感じた。
掠れた声が鼓膜を震わせる。
黒い制服が砂埃で汚れるのも厭わず、臨也は静雄の目の前でぺたりと膝をついていた。
カサ付いた指先が輪郭をなぞって滑り落ち、そのまま倒れこんできた静雄の身体を受け止め、臨也はくしゃりと表情を歪める。

「・・・め、静ちゃ・・・ごめん、静ちゃん・・・」

傷んだ金髪が耳元を擽る。微かに汗の臭いのする肩に顔を埋め、臨也は両腕を静雄の背に回して縋るように力をこめた。

「別に、何の問題も無かったろうが」
「・・・ッバカ・・・静ちゃんってホント馬鹿だよ・・・」
「うるせえ」

緩慢な動作で、静雄の腕が臨也の背に回される。力が入んねえから丁度良い、そう言って静雄は腕にぎゅっと力をこめた。