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カセクシス

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 最初は面白そうって思っただけだったんだ。
 遊びだった。ただ単に、こういうとき人間だったらどういう反応をするのかって。

 大勢の人間のなかからなんで帝人君を選んだのかはわからないけど、それなりに純粋で、それなりにしたたかで、意外に感情の起伏が激しそうで、見ていて面白そうだと思ったからかな。自分の真意はよくわからないし、自分のことは知りたくはない。
 モラルや常識に捕らわれるのはつまらないし、無意味だ。だから彼が同性であることや、高校生であることは、彼を選ばない理由には成り得なかった。

 もしかしたら俺は自分自身で、本気にならないような相手を無意識に選んでいたのかな。俺は自分以外の人間を愛してるが、それとは別で自分のことはよくわかる。俺は身一つで前線に出て戦えるような、どっかの怪力バカみたいな力は持ち合わせていない。俺は常に外側から駒を動かして高見の見物を決め込むタイプだ。周囲から見てそれがいかに厄介かってことも、知ってる。
 だからこそ、本気にならないようにしてきた。そもそも本気になるような相手が現れたことがないので、無用の心配だったのだが、俺は自分がどれだけ厄介な性格をしてるかってことを自覚してる分、たぶん余計たちが悪い。本気になればきっと、世界が変わる。だからこれでいいんだ。
 本気だとか特定の誰かを好きになるとか、面倒くさいだけ。別け隔てなくシズちゃん以外のすべての人間を好きでいたいし、そういう感情に左右される人間を、外側から観察できればそれでよかった。
 それなのに。

「…っ、帝人君!?」

 人でひしめきあう、池袋のスクランブル交差点。大音量のクラクションと周囲の人々のざわめきが鳴り響く世界の真ん中に、ただ
 ぼろぼろと、嗚咽もあげずに涙を流す彼がいた。

 考える暇も余裕もなかった。反射的に手が勝手に動いて、その腕を引く。歩行者信号はとっくに赤にかわっていて、両側から何事もなかったかのようにまた車が行き交った。尻餅をつくような恰好で後ろに倒れこんだらしく、腰が痛い。ああ、こんなの俺らしくない。そんな俺の自嘲を掻き消すように
 腕の中で無意識に震える細い体が、今俺がしたことの意味を、ありありと思い起こさせて。

 俺はその瞬間、ものすごく後悔した。帝人君を助けたことを、じゃない。最初に彼を選んだことをだ。
 こういうタイプはハマったら面倒くさい。絶対めんどくさい。そうなったら間違いなく振り回されるのは俺の方で、そんなのは割に合わないし俺らしくない。それがわかっていながら、その涙を拭う以外の選択肢を持たなかったのは、

「…怪我は、ないね…」

 この存在を失えない。
 たぶん、そう強く思ったから。考えたわけじゃない。本能が、彼を手放すなと、警鐘を鳴らしたんだ。

 ああ、俺も好きだったのか。もしかしたら俺の方が。
 もしかしたら、最初から俺の方が、ハマってしまってたのかな。

 気づいてしまえばそれだけのこと。あまりにも簡単で単純な、人間らしい感情。
 ずっと知らない振りをしていれば楽だったのに、と一瞬だけ脳裏を過ぎったけどすぐにかぶりを振ってその考えを消した。この思いは気づかないうちにどんどん育って、きっともう隠せないところまできてしまっていたんだろう。
 だったらもう認めるしかない。身を呈して俺にわからせてくれた帝人君に、俺も向き合わなきゃ。
 それが彼にとって良いことなのかどうかはわからないけど、もう良いか悪いかなんて関係ない。

「後悔するかもしれないよ。俺に、自分の気持ちに気づかせたこと」

 俺の人間への愛を超える存在なんて、後にも先にもきっと彼ひとりだ。そんな貴重な相手、ますます興味深いじゃないか。
 お陰で逃がしてあげられなくなった。もう、どんなことをしても絶対に手放さない。


 もう、君は俺の手の中。


作品名:カセクシス 作家名:和泉