昼休み
昨日だって、部活が終わるまで外で待っていた。日向と声を揃える練習なんかして、努力の方向性がやや斜め上だが。
「……」
春めいた穏やかな風と一緒に微かな鈍いボールの音が開けた窓を越えてくる。
見下ろせる場所にスガや日向は見当たらなかったが、かなり近い。
しばらく姿の見えないボールの音を聞いていた。時々日向の明るい声も聞こえる。
「早速懐いてるな」
日向との練習に向かうスガも楽しそうだったな。
スガは烏野バレー部の正セッターだ。天才影山の希望しているポジションのレギュラーだ。
マネージャーから渡された入部届の中に影山の名前を見つけて期待がわいた後で、もしかしたら、スガにとっては喜べないことかもしれないと、ちらりと考えた。部員数は少なくても年功序列をやるほどぬるい活動はしていない。望んでもいない。本気で全国を狙っているんだから当然だ。
今後、影山が烏野でチームになじめたら確実に大きな戦力になる。でも、それはスガがコートを出るということだ。
それなのにスガがわざわざ早朝や昼まで世話を焼きに行くことなんて考えていなかった。
授業中に船を漕いでいたくせに。人の体調を心配している場合でもないだろう。
「ちょっと頑張りすぎだ」
それでもスガの代わりに日向の自主練に付き合ってやるのは違う。勝負を決め敵側に立った自分は手伝うべきじゃない。だからといって隠れてやってることについて「無理をするな」なんて言うのも変だ。
背後を行き交う人の足音が早くなったのを感じて時計を見る。あと五分で予鈴が鳴る。
本鈴間際の教室前でスガと鉢合った。
「あっ。あー!」
抱えた古典資料集の束を見て声を挙げた。
「ごめん、当番すっかり忘れてた。大地代わりに行ってくれたんだ?」
今からでも資料集を受け取ろうと動いた腕が、もう教室の目の前だと思い出して迷ってふにゃふにゃ揺れる。
焦った様子がおかしかったけど足を止めずに教卓に向かった。
「悪い、ありがと」
「全然」
礼を言いたいのはこっちだよ。でも今は知らないフリでいい。余計なことは言わないで笑っておけばいい。
それでもしスガが古典の授業中に潰れたらこっそり起こして教科書のページを教えてやったらいい。
後のことはたぶん大丈夫。スガがそう言っていた。