漆黒と純白・1
左のこめかみには冷たい物が突き付けられている、しかしそれを耀に突き付けている相手もまた、王耀によって同じ物を同じ場所に突き付けられていた。
お互い同じ格好をしながら一歩も動かなくなって一分になるだろうか。
緊張で心拍数があがり、口がからからに渇く。
握っている拳銃が危うく滑りそうになる。
相手の方が身長が高いので、見上げる格好だ。
ドレスのスリットが妙に涼しい。
高く結った髪は背中を擽る。
相手も耀のたっぷりとマスカラを塗ったの大きい瞳をじっくり見つめていた。
ここで反らせばこちらの負け。
確実に鉄の弾が脳を物凄い速さで通り抜け、死という未来が待ち構えている。
焦る耀に対して、相手は余裕をかましているのか、それとも焦りをなるべく抑えようとしているのか定かではないが、懐から煙草を出し、くわえ、片手で器用に火を付け、煙草をふかす。
深く息を吸って吐くと、煙が耀の美しく化粧した顔をすり抜けてゆく。
死の一歩手前。
どちらかが引き金を引けば忽ち血を吹き出し相手は倒れ、倒した方は勝利を納める。
この状況は不味い。
お互い顔は涼しい表情を絶やさないが、心では焦りを感じていた。
「えらい感情が表に出てるじゃねぇか、“緋舞”?」
「貴様こそ、“アッシュローズ”?」
お互い本名ではない、通称の名前で呼びあった。
――耀がこうして死の直面と向き合うのは稀ではない。
むしろ毎回と言っても過言ではないだろう。
耀は所謂マフィアという殺し屋の様な団体の幹部だ。
周りからは“緋”が“舞う”様にひらりと仕事をする有り様から“緋舞”と呼ばれるようになっていた。
幼い頃に両親を無くし、優しい組織のトップが耀を引き取り、そのままエリートマフィアに育て上げられたのだ。
耀が仕事を成功させる確率が高く、エリートなのにはもう一つ理由があった。
“緋舞”は性別がバレていないのだ。
耀は容姿のせいか、潜入での殺しなどは女装をする事が多い。
つまり、バレずに、または警戒心を剥がしてターゲットに近づけるのももう一つの理由だった。
変態や女好きなら尚更仕事は簡単。
ベッドに誘い込み、相手が隙を見せたら一発喰らわせて殺れば任務完了だ。
――だから、今回の相手も楽々成功するかとおもったのだ。
「“アッシュローズ”の暗殺?」
「えぇ、ご存知でしょう?ヨーロッパのマフィアの頭。」
「いきなり頭を討つあるか?どういう考えだか…。」
何時もの様に朝方に任務だと呼ばれ、菊の部屋へ入ればこれだ。
しかし、この仕事はいくら耀が腕のあるマフィアだとしても難易度が高すぎる。
組織のトップを討つだと?
トップというほどだ。
そこらのマフィアとは一枚も二枚も上手に決まっている。
「無理難題ある。」
「すみませんね、耀さん以外頼める方が居ませんので。危険になったら援護いたします。」
にこやかに言われ接吻をひとつ。
菊は笑って用意を、と呟いて再び唇を合わせた。
依頼内容はヨーロッパ組織の頭、“アッシュローズ”の暗殺。
今夜イタリアで行われる仮面舞踏会に出席するらしい。
また女装か。
耀はため息を吐いて菊に渡されたドレスを着るために自室に戻った。
“アッシュローズ”を見つけるのは少々手強かった。
皆仮面を着用しているので、外見判断が苦しいのだ。
それに、耀の女装は大変美しいので厄介な男どもに声をかけられたりセクハラされたりと邪魔をされていたがなんとか癖のある金髪に仮面の両穴から覗くグリーンアイでターゲットを発見した耀は深くスリットが入った色気たぷりの赤いドレスで近付いた。
“アッシュローズ”は耀を一目見るとひゅー、と口笛をひとつ、そして手をとりその甲に口づけ、美しい、そのまま二人きりにならないかと大胆な御誘いが向こうから飛んできた。
こいつも女誑しか変態の類に入るのか、或いは耀の正体がバレているのか…。
いずれにしても、御誘いには肯定を出した。
タクシーに乗り、高級そうなホテルで“アッシュローズ”は車を止めさせた。
チェックインし、部屋に入るなり濃厚なキスが耀を襲う。
酸素が足りなくなるように深く長く繰り返される口付けは、嫌ではなかった。むしろ気持ちが良いのは相手のキスが異常に上手いからだろうか。
しかし今キスに溺れている訳にはいかない。
今回の任務はこいつの暗殺。
耀はキスに答えながら、スリットが入っていない方の太股に括ってあった拳銃をするりと抜き、瞬時に“アッシュローズ”の左のこめかみへ突きつけた。
と、同時に自らの左のこめかみにも何かが当たった。
見なくとも分かる。
自分のこめかみにも拳銃が突き付けられていた。
(続)