漆黒と純白・4
ヨーロッパで名の通る“アッシュローズ”一味に依頼をする連中は皆最終手段として利用するのだ。
そのため報酬も高額。
しかし腕は確かなので藁にもすがる思いで金を握りしめて依頼をするのだ。
アーサーの率いるこの組織は自分達の縄張りを異様に大切にしている。
金を支払い、守ってくれと頼まれれば額次第では守護する。
そんな時、とある臓器売買の組織から泣きつかれた。
組織の人間がどんどんと暗殺されているのだと。
もうメンバーは十何人程度しか居ないというのだ。
このままでは組織が成り立たないからどうにか助けてくれと。
高額な札束を渡されたのでアーサーは承知し、その組織にそれなりのグループを派遣し保護に着かせた。
しかし、派遣したグループは一週間後には全滅したとアーサーの耳に届いた。
「あいつらを狙っているのはそんなに腕の起つ輩なのか?」
「さぁーどうなんだろう?あ、アーサー、これ拡大画像だよー!」
遠方射撃で殺された組織の一員の側に居たグループの一人が偶然捉えた映像を解析した所、画面左端に黒い影が二つ一瞬、時間にして僅か0.01秒映ったのを映像処理担当のヴェネチアーノとロヴィーノが発見し、映像処理し、拡大画像にして印刷したのだ。
渡された画像はA4プリントに印刷されていたが、白黒でしかもモザイクが酷いためアーサーは顔をしかめた。
画像処理を得意としないアーサーには二つの黒い物体にしか見えないのだ。
しかし顔の位置はなんとなく解った。
一人は此方に銃口を向け、もう一人は建物の陰に隠れる様に此方を見ていた。
「…で、この画像から推定する人物像は?」
「もっちろん!用意してあるよ。」
画像処理を大得意とするヴェネチアーノはそれなりにコンピューターに強い。
プロでもこなせない技と画面から読み取れる情報は徹底的に調べあげる凄腕だ。
戦いには向いておらず、とても平和主義で殺しが嫌い。
武器は稀にしか使用しない彼だが潜入捜査が得意で良い情報通である。
今回の映像も当初は情報無しとして扱われたが偶然通りかかったヴェネチアーノが画面左端を見逃さなかったのを気に二人が解析を始めた。
アーサーの部屋の中央に置かれてある黒いソファーに堂々と座るヴェネチアーノはもう二枚のプリントを渡した。
ヴェネチアーノはフレンドリーで頭のアーサーにもお構い無しに話をかけては仕事の邪魔もするが、そこそこアーサーに気に入られている。
プリントを受け取ったアーサーの二枚の画像を見る目付きが刹那に険しくなった。
その二人の人物像に見覚えがあったのだ。
「どうしたの、アーサー?」
「…フランシスを呼べ。この件は俺が直々に対応する。」
「…こいつは組織に顔をあまり出さないから、自宅の扉を閉めた瞬間を狙って…って、どうしたあるか香。」
「先生仕事早すぎ。」
「香、呑気な事言ってられねぇあるよ。この前の遠方射撃で気付かなかったあるか?」
「何をっすか?」
デスクには沢山の人物画と資料が敷き詰められており、その資料と写真に赤のマジックを走らせて立ちながら説明を続ける耀の話を横から欠伸をし、退屈そうに覗き込みながら聞いていた香は飽きたのか説明に夢中になっていた耀の背後から抱き付いた。
突然の事に一瞬顔が強ばったのが解った。
その強張りは耀に“アッシュローズ”との夜を思い出させた。
折角忘れようと任務に集中していたのに、と心の中で舌打ちをする耀。
唇を噛み締めて資料に目をやったのを香は気づかない。
寧ろ香は抱き締める腕に力を込めた。
鍛え上げられて運動神経は抜群の耀。
薄い筋肉が腕を伝って分かるのだが身体は細く筋肉は殆ど見えないのが耀の身体の不思議な点。
ドレスや女装が似合う筈だ。
先程の問の答えは惚けているのか又は知らないのか、からかっているのか。
香は耀の背中に顔を擦り付けた。
シャツが汗ばんだ顔に張り付く。
此方に顔を向けてくれたがしかめっ面であった。
しかし顔を向けられたのが嬉しく、香も耀を見上げた。
無論、笑顔で答えると更に顔をしかめた。
「止めろ、皺がつくある。」
「女装はどうしたんすか。」
「それは暗殺や潜入の時だけある。」
「ケチ。じゃあチャイナ服は?」
「シャツとスラックスが一番働きやすいある。」
アジトに居る時、寛ぐ時など普段はチャイナ服を着ている耀だが、仕事中はスーツなどが一番気合いが入るからと微笑みネクタイを緩ませた。
前屈みになり再び資料に赤インクで何か書いている。
「この前の仕事で、カメラ持ってた奴が居たある。逃げ足だけは早かったあるね。捕まえ損ねたある。」
資料に書き込みながら話をする。
その邪魔をしないように大人しくする香はじっとコアラの様に耀に抱き付いたままどこか遠くを見ていた。
「…で?」
「でって…。だから、我たちの顔がバレた可能性が高いって事で…。」
「あー解ったっす。取り敢えずこいつ殺して寛ぎましょ先生。一緒に風呂でもどうっすか?」
「悪くねぇあるな。」
汗で張り付くシャツがうっとおしいのか香は釦を三つ開けている。
熱いのなら抱き付かなければ良いのにと思うが甘える香が可愛いのでそのままで居る事にした。
差し込む日差しは当たると溶けてしまうのではないかと思う。
さてと、と合図に香は耀から離れた。
漸く身軽になった耀は伸びをして椅子に座った。
「もしこの組織が我たちが依頼を受けた奴の様に何処かに依頼をしていたら厄介な事になるある。…というか、もうあの組織に関係したプロフィールが無い輩が彷徨いているある。手遅れかもしれないあるな。」
「そうっすか。」
赤のマジックを片手でひゅっとデスクに投げた先にはペンたてで、見事にマジックが入った。
香は壁に立て掛けてあったショットガンに引き出しから取り出した弾を詰め始める。
「先生、装備は?」
「弾は詰め替えたある。香は?」
「あとはこれだけ。…それじゃ行きますか。」
勢い良く香が椅子から立ち上がったのを合図に耀はシャツを腕捲りした。
(続)