夏祭り
浮かれている人たちの熱狂をものともせずに、イタチはただ憮然としていた。イタチの苛立ちを他所に隣を歩く男は上機嫌だ。
それがイタチを更に不機嫌にさせる。
イタチの怒りの原因は、彼が着ているものにある。
イタチが身に纏っているのは、明らかに女物の浴衣だ。更に言うならば、薄くではあるが化粧も施されている。
肌には、白粉が塗られ、唇は紅がさしてある。それは、まだ未成熟な性と相俟って、完全に彼を化かしていた。
このような物を着る羽目になったのか。それは、任務のためであった。
しかし、それならば自分でなくとも女を選べば良かった話ではないか、と思ってしまうのはイタチの幼さだろうか。別段、暗部にも女は居るわけで、あえて自身が選ばれた意味がイタチには理解できなかった。
だが、任務のためであるというなら、そこは堪えるべき所ではある。そのくらいの分別はつく。だからこそ、内心では苦い思いをしながらも、この任務を受けた。
そう、イタチを苛立たせているのは、女物の浴衣だけではないのである。
イタチは、既に任務を果たしている。だというのに、未だにこの恰好で拘束されている事実が、イタチを苛立たせた。
「カカシさん、もう帰っても良いですか?」
任務を終えてからというもの、イタチの姿を見てはにやけていた男―カカシの視線が、一気に冷めていく。イタチはこの瞬間が苦手だ。
掴み所のない男は、任務の最中であってもどこか緩い雰囲気を保って飄々とした態度を崩さない。滅多なことでは拝むことの出来ないこの冷めた表情は、イタチをヒヤリとさせるには十分だ。
それに微かにたじろぎながらも、イタチはしっかりと男を睨め付けた。
百戦錬磨の先輩は、その位では怯まない。
「なんで?」
さも、理由が解りませんとでも言いたげな声だ。そんなカカシに、イタチは大仰に溜息を吐いて見せる。
イタチは、任務前に、「この浴衣を着るのは任務の間だけ」と念押しをしている。
つまりは、任務が終わったら速やかに引き上げることを条件にしていた。
それを覚えていないカカシではないはずなのに、この態度。絶対に解っていてやっているんだろうな、と思うと腹も立ってくる。
「言いましたよね…オレがコレを着るのは、任務の間だけだって」
イタチにしては珍しく地を這うような声だ。これは相当に苛立っている証拠だろう。
その証拠に、こめかみの辺りがひくひくと引き攣れていた。
しかし、その程度のことで折れるカカシではない。イタチは、元来争いを好まない性質であるし、無闇矢鱈に人を傷つけるようなことはしないことを知っているからだ。
「折角の祭りなんだし、楽しもうって気はない?」
「ありません」
躊躇いもなく切り捨てる声は、苛立ちが隠せていない。いつもより感情があらわになったイタチを見ながら、カカシは笑んだ。それが余計にイタチの神経を逆撫でする。口をへの字に結んだままのイタチの顔。
「そんな顔するなって」
そのイタチの頭に手を置いて、ぽんぽんと軽く叩く。そのまま抱き寄せるようにすれば、呻くような短い声が漏れた。
「ほら、あそこに綿飴もリンゴ飴もある。お前甘い物好きだろう?今日付き合ってくれたご褒美だ。奢ってやるから、好きなものを好きなだけ食べていいぞ」
屋台を指さして、いつもの笑顔を崩さないままに言う。甘い物と言われると、食指が動く。しかも、カカシの奢りだ。
どうしようか、少しだけ逡巡してみせる。本当は、心は決まっている。
カカシも、それは解っているようで、余裕な態度を崩そうともしない。
ただ乗ってやるのは癪だ。
凄絶なまでの笑みを浮かべて、イタチはこの趣味の悪い時間を続行することを決めた。
「覚悟してくださいね…財布の中身、全部搾り取って差し上げます」
先とは違い、少しだけ浮かれた足取りで、イタチは屋台が並ぶ方へと向かっていく。
すでに、女物の浴衣のことなど気にも留めていないようだ。
「はいはい…全く、本当に面倒なんだから」
放っておけないオレもオレだけどね、と困ったように肩を竦めながら、カカシは、イタチの後を追って祭りの空気に身を投じた。