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漆黒と純白・9

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※今回は耀が出てきません






目覚めた時は既に傷はほとんど治っていた。

あの出来事から三日間、香は眠り続けた。
頓服薬の副作用も含めていたが流石に眠り過ぎて覚醒したのは良いが身体が思うように動いてはくれないでいる。
医務室で横になっており腕には点滴、指には酸素濃度計測機、胸には心拍数計と管に繋がれてなんとも見苦しい上に自由が利かなかった。

三日ぶりの景色で最初に視界に飛び込んできたのは黙々とデスクに向かっているエリザベータの姿であった。
目覚めたのに気が付いたのか視線がぶつかると駆け寄ってよかったと手を握り痛い場所は無いか等の体調を聞かれ基礎的な検査をされた。
特に異常は無いと伝えると電話を手に取って誰かに連絡をした。
その数分後に険しい顔をした菊が慌ただしく革靴をならして医務室に入ってくるとまだ頭がぼーっとしている香のベッドサイドに立ち屈み込んで話かけた。

「良かったです、目が覚めて。」

疲れているのだろう、目の下には濃い隈が浮かび顔が窶れ果てていた。

「……先生は?」

三日ぶりに震わせた声帯は弱々しかったが香が一言それを発言すると辺りは一気に静粛と化した。
機械の音だけが部屋に残された唯一の音。
流石の今の香でも分からない訳ではない。
ただ沈黙を続ける元気が全くと言っていいほど無い菊から視線を離し、天井をみやる。
そして深く呼吸すると一言。

「…見付からないんスね。」
「………」
「大丈夫、先生は生きてます。そんなに焦らないで、もっとゆっくり…」

続きを話す前に菊は突然壁を思いっきり殴った。
そこだけ見事にへこんでしまっている壁を菊は険悪に睨み付けている。
驚いた香は菊をみやり、エリザベータも突然な事に驚きで肩を跳ねさせた。
ただアーサーという奴は相当耀に惚れていたから殺す事は無いだろうという意味を込めて菊を宥める為に言ったつもりが逆効果となってしまったらしい。
相当苛立ちを覚えていたのだろう。
しかし前からファミリーは大切にしていた菊であったが何故耀に対してそうまで血眼になるのだろうか?
再び菊に視線を戻すと彼はゆっくり立ち上がった。

「……失礼します。」

壁を殴った手は赤くなってはいたが今の菊にその痛みは感じてはいないのだろう。
さっさと仕事に戻ってしまった彼が居なくなった医務室は再び機械音が大きくなった。

「耀さんが居なくなったあの日から、ずっと寝ないで捜しているのよ。」
「え?」
「…まぁ、あぁ言う関係なら当たり前だよね。」

一人困った様に笑うエリザベータの笑顔はどこか楽しそうだった。



*****




流石のトップも五日も眠らないと限界だったのだろう。
耀の捜索中にある書類にサインを貰いに来た部下の目の前でいきなり黙って倒れたかと思えばぐーすかと寝ていたというのだから。
医務室に運ばれてきた菊の姿にエリザベータはだから寝なさいと忠告したのにと何故か大爆笑をしながらベッドに寝かせてやっていた。
部下は突然のことに軽いパニック状態で慌てていたがただの寝不足だと伝えれば胸を撫で下ろし仕事へと戻っていった。
寝不足の彼の隣ベッドで朝食をもりもりと食べる香は、もう一人で立ち上がれるまでになり後は走るのと歩くまでにリハビリは進んでいた。
肩も銃を構えられる様になり、上に上げても痛みは有るがなんとか耐えられるまでになってはいる。
一日でも早く復帰をし、組織の為になりたいと毎日目が醒めている時間帯は全てリハビリに当ててきた香の鋼の様な精神力と粘りの賜物だ。
そんな香は酢豚を摘まみながらエリザベータに質問する。

「何で笑う的な?」
「えー?」

笑い過ぎて涙が出てきたのか笑顔で目を擦っていたエリザベータがベッドの上で食事する香に振り返った。
そんなに菊が寝不足で倒れたことが面白いのか?

「だって、あんなに必死に恋び……ふふっ…男の子には、秘密よ♪」
「じゃあ女なら良いんスか?」
「うーん、女の子でも、選ぶかなぁ?」
「?」

訳が分からないと首を傾げご飯を口に押し込む香を見てエリザベータは冷や汗を拭ったのだ。




「菊ーーー!!速報なんだぜ!!」

廊下が騒がしいなと新聞を畳むとマグカップに淹れた珈琲を一口飲んだ。
隣で銃の整備をしている香も廊下を少し見やると再び作業に戻った。
暫くするとはたしてパァンと医務室の扉を豪快に勇洙が開け放ったのだ。

「朝からまじ五月蝿い的な?」
「そんなことはどうでもいいんだぜ!」

勇洙は再び新聞を広げて文字列を追い始めた菊にどたばたと慌ただしく近寄ると一枚のプリントを黙って彼に突き出した。

それを横目でちらりと見る。
一拍置いて勇洙が小さく呟いた。

「兄貴の居場所がわかったんだぜ…」

その言葉にエリザベータはパソコンを打つ手を止め、香は弾を落とした。
呆然とする二人だったが菊はごく冷静にふと口元を緩めると新聞を畳みベッドから降りたのだ。


「皆さん、本気の覚悟はありますか?」



宣戦布告の合図だった。


(続)
作品名:漆黒と純白・9 作家名:菊 光耀