刀山剣樹
どうしてここにいるのかは覚えていない。
いつからここにいるのかも覚えていない。
ただ私は、この道をずっと歩いていかなくてはならないのだ。
刃が折り重なった山の下。鋭い刃物ばかりが突き立った、灼熱の道。
一歩。
踏み出すごとに刃が私を切り裂く。
すっぱりと切り開かれた傷口からは血がとめどなくあふれ、白い肉がのぞいている。
痛い。痛い。痛い。
けれど進まなければ。
二歩。
踏み出すごとに刃が私を貫く。
足を。腕を。手を。腹を。臓腑を。腿を。肩を。喉を。ふくらはぎを。
痛い。痛い。痛い。
けれど進まなければ。
三歩。
踏み出すごとに獄卒は私を鞭打つ。
もっと速く歩け。もっと苦しめと、笑みを浮かべて赤く焼けた鉄の鞭を打ち込んでくる。
痛い。痛い。痛い。
けれど進まなければ。
四歩。
踏み出し、ふと山の上を見る。私の、愛しい愛しいひとがいた。
裂けてしまった喉で、必死に名を呼んだ。声なんて出なかったけれど、彼は私に気づいてくれた。
先輩。七松先輩。会いに来ました。
私はあなたが恋しくて、地獄まで会いに来ました。
早く私を抱きしめてください。早く。
ああ。すぐに行くよ。すぐに行くよ。
私は刃の山を登り始める。
指を。腕を。脛を。刃が傷つけていく。中指が転がり落ちていった。
ああ。すぐに行くよ。すぐに行くよ。
山の頂にたどりついても、彼の姿は見えない。どこへ行ってしまったのだろう。
ふと、下の方から呼ぶ声がした。
先輩。七松先輩。そんなところにいらしたんですか。
私はあなたが恋しくて、山を降りてしまいました。
早く私を抱きしめてください。早く。
ああ、すぐに行くよ。すぐに行くよ。
私は刃の山を降り始める。
そうだ。昔から彼はそうやって私の背中を追いかけていたっけ。かかとはどこかへ行ってしまった。
ああ、すぐに行くよ。すぐに行くよ。
山の麓にたどりついても、彼の姿は見えない。どこへ行ってしまったのだろう。
ふと、上の方から呼ぶ声がした。
先輩。七松先輩。
ああ、すぐに行くよ。すぐに行くよ。
少しずつ、私の体は削れていく。少しずついびつになっていく。
彼は、こんな私を受け入れてくれるだろうか。もう彼を抱きしめる腕もなくなってしまった。
がくん。脚を失った私の体はバランスを崩し、刃の山を転がり落ちる。
ばらばら。ばらばら。ああ。私の体がもうこんなに小さく。
もう山は登れない。
山の上から、愛しいひとが私を見下ろしていた。
「…滝夜叉丸」