追いかける背中
平滝夜叉丸にとって七松小平太がまさにそういう存在だった。
走る。
走る。
走る。
意識をなくした金吾を背負って、山の中をひたすら走る。
後ろを走る三之助は、ともすれば違う方角に走っていこうとする。
四郎兵衛は息も絶え絶えといった様子。
前を走る背中はすでに遠く、どこにいるのかわからない。
それでも走って行きさえすればまた会えることを知っているから。
走って行きさえすれば、その大きな手で頭をなでてくれることを知っているから。
だから走る。走る。走る。
やがて、山の上の開けたところに、緑の人影が見えた。
「七松先輩」
「お、滝夜叉丸。やっと来たな」
わしわし、と少し乱暴に頭をなでる、かたいてのひら。
「よし、じゃあ少し休憩したら忍術学園まで戻るぞ」
四郎兵衛が倒れこむように地面に転がった。三之助はへたりと座りこむ。
金吾を背中からおろして草の上に腰を下ろす。ひんやりとした感触が心地いい。
先輩は退屈したのか、塹壕を掘り始めた。
このひとは、決して後ろを振り返らない。
前だけを見据えて、ひた走る強さ。
真似できない。
勝てはしない。
ああ、私は一生この人の背中を追っていくのだ。
「よし、十分休んだな。出発するぞ」
走っていく背中。
みるみる遠くなる。
決して後ろを振り返らない。
前だけを見据えて、ひた走る。
けれどゴールのその先で、必ず待っていてくれる。
私が追いかける唯一の背中。
いつか私も、あなたのようになれるだろうか。
山を一つ越えたあたりで、今度は四郎兵衛の脚がいうことをきかなくなった。
「ほら、おぶされ」
背中を差し出す。
四郎兵衛は、顔をくしゃりと崩して、ありがとうございます、と言った。
登って下ってを繰り返す。学園はすぐそこだ。
門の前に、緑の人影。
「滝夜叉丸先輩」
後ろの四郎兵衛が私の名を呼んだ。ゆらゆらと、頼りない声。
「ぼく、いつか先輩みたいになりたいんです」
私が追いかける唯一の背中。
いつか私も、あなたのように……
「なれるさ」
短く応えたのは、四郎兵衛にか、それとも自分にか。
緑の人影は、こちらに向かって手を振っていた。