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口実に、秋刀魚。

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僕はとんでもない勘違いをしていた。
あの人は僕にだけ優しかったし、そこに愛情を感じたし、それが嬉しかった。

だから恋愛初心者の僕があの人に惚れるのはもぅ仕方ないことだったと思う。

好きです、と、伝えた時に見せられたのは、困ったような笑み。

いつもみたいな軽薄な笑みだったらまだ、マシだった。
困ったような笑みで「ごめんね。」なんて言われたら、僕にできるのは逃げ出すことくらいだった。

後ろで僕を呼ぶ声がしたけど、恥ずかしいやら居た堪れないやらで、走り去ったのは、そう、昨日のことだ。




のに、


「帝人くん、醤油とって。」
「あ、はぁ。」
醤油を渡すと大根おろしにかけて、「秋はやっぱりサンマだよね。」とか、「カボスがあったらコンプリートだったのに、」とか呟いてる。
僕は半ば呆然としたまま、「はぁ、はぁ。」と相槌をうつ。

『秋刀魚食べよ。』
と、にっこりとビニール袋を掲げた臨也さんが来たのは夕方のことだ。
「え?は、さ、さんま?」と、臨也さんに戸惑うやら秋刀魚に混乱するやらで思考回路が回らない僕を後目に、ほとんど(全く)使われたことのない魚用コンロに臨也さんは手を伸ばす。
「うわ、これ一回も使ってないでしょー?網綺麗過ぎだし。」
そのまま続けて冷蔵庫を開けてぶふっと吹き出す。
「何コレ!想像以上に何も無さすぎ!大根は買う必要ないかと思ったけど買って正解だね。」
極め付けが、
「帝人くんは米洗ってよ。」と、ザルを渡された。

思考回路が回復しないままとりあえず渡されたザルで米を洗う。
「じゃ、炊飯器にセットしてー。」
「ハイ、ボタン押してー。」
と、言われるがままに行動する。
早炊きメニューで炊かれたご飯は少し硬めだったが臨也さんは満足そうに微笑んだ。


そして何故か臨也さんと秋刀魚を突き合う今のこの状態に至る。


お腹が満たされるとだんだん思考回路が回復してくる。
昨日の出来事が僕の妄想だとか、夢だとかじゃない限り、僕は臨也さんに振られた、はずだ。
それなのに、いつもみたいに(むしろいつも以上に)臨也さんはご機嫌で僕に微笑みかけてる。
今だってそう、秋刀魚をちびちび食べながらチラッと臨也さんを見ると気が付いた臨也さんがふわっと微笑む。

はっきり言って怖い。

何考えてるんだろうか、この人。
まぁ臨也さんの考えてることなんて未だかつてわかったことがない。

そうだ、全然わかってなかった。
てっきり臨也さんも僕のことを思ってくれてると思った。
今じゃとんでもない思い上がりだったと恥ずかしいけど、昨日のあの瞬間までそうだと信じて疑わなかった。

玉砕覚悟で、なんて格好いい告白じゃなかった。

きっと、「俺もだよ。」なんて照れたように言ってくれるんだって(今思えばそんなの別人だ)思い込んでた。

恋する高校生男子の盲目さが今はほんとに痛い。

なんでわざわざ臨也さんが今日此処へ来たのかはわからない。
嫌がらせか、嘲りに来たのか、でも、臨也さんの表情はどちらかと言えばすごく優しい、気遣ってるというか…

そこまで考えて一番最悪な答えを導き出した。



もしかして、慰められてる?



振られた当人に励まされるって、なんだそれ。

一気に暗くなった僕の表情に臨也さんが首を傾げた。
「なんか、難しいこと考えてる?」

それが演技なのか本気なのか、僕には判断できないけど何かがキレた。

「っ、平気ですからっ。」
「ん?」
「僕は、平気、です。」

「そりゃ、臨也さんに振られてへこんではいますけど、だからって、何も貴方本人に慰められる筋合いは無いでしょう?」
「・・・・。」
「大丈夫です!すぐに元気になりますし、臨也さんが今までみたいな関係が良いって言うならそうします。」

「変に付きまとったりとか、恨んだりとか、…本当にそういうのは、無いですから。」

「すぐに、他に好きな人作って、…っ、臨也さんへの気持ちは忘れっ」




「忘れるって?」

酷く冷たい声がした。
背筋がゾクリとして思わず黙る。

臨也さんは相変わらず笑ってたけど、今度はさすがの僕でもわかる。
目が、笑ってない。

「そんなの強がりだってわかってても、面白くないね。」
呆れたようにため息を吐いて、臨也さんは箸をおいた。

「帝人くんさぁ、昨日からご飯食べてないでしょ?」
言われて確かにそうだ、と、気が付いた。
「それは、その、お腹が空かなくて。」
「俺に振られた、からでしょ?」
「違っ。」「違わないよ。」

「生きてけないって言いなよ。」
「『臨也さんが居なきゃ生きてけない』って言ってよ。」

「っ、言いません。」

怒るかと思ったのに、臨也さんは微笑んだ。今度は、優しく。

「そう、俺は帝人くんが居なきゃ生きてけないのに。」

「最悪な、嘘ですね。」
「やだなぁ、俺は君にだけは本当のことしか言わないよ。」

わけがわからなくて涙が滲んできた。
「じゃあ、なんで昨日は、」

「昨日?ああ、あれはねぇ、例えば君が10代で高校生で、まだ明るい未来が待っているであろうこととか、世間の道徳だとかさ、倫理だとか、そういうのを考えた上で言ったんだ。」


「せっかちな君は最後まで聞いていかなかったけどね。」




押し倒されながら耳元で囁かれた言葉に、僕はとうとう涙を零した。







「ごめんね。そんなこと言われたら、もう我慢できないよ?」
作品名:口実に、秋刀魚。 作家名:阿古屋珠