まどろみ
「遊星」
今度ははっきりと分かった。この声はジャックだ。遊星はぼんやりと思った。起こすにしては静かすぎる声だ。どうしたのだろう、と考えている間に、ゆっくりと髪を撫でる感触があった。ジャックの指だ。まるで動物の毛並みを辿るように、遊星の跳ねた髪をやさしくなぞっていた。自分の感覚が吸い上げられていくようで、遊星の意識はたちまち浮上し始める。だが、ジャックの指がもたらすやさしい感触が勿体なくて、起きるのが忍びない。このまま寝たふりを続けて、もう一度眠ってしまおうか。
すると、不意にジャックの手が離れ、瞼の裏が暗くなった。気配が近くなる。おや、と訝しむ間もなく、呼吸まで近くに感じた。体温がすぐそこにある、と感じたときには、頬に何かが触れていた。覚えのあるその感触が唇だと気づくまでに時間はかからなかった。気配はすぐに離れ、でも去ろうとはしなかった。
遊星は混乱した。それでも寝たふりをやめられなかったのは、知ってしまったからだ。ジャックは、遊星が起きていることに気づいてはいないだろう。気づいていたなら、こんなあからさまに甘やかすような、やさしい触れ方はしない。今度は毛布を掛け直す気配がする。毛布を出した覚えはないから、これも彼が掛けてくれたのだろう。掛け直すと、その手は再び遊星を髪を撫でた。ジャックはどんな顔をしているのだろう。微笑んでいたり、するのだろうか。人形や動物に対するように、見返りを求めない慈しみ。それをジャックから与えられていると、知ってしまった。気恥ずかしく、そして、たまらなく胸の奥が熱くなった。ここで何でもないふりで目を覚ますなんて、とても出来そうにない。遊星は規則正しい呼吸を繰り返した。“目が覚めたら”一番にジャックに抱きつこう、それだけを考えて。