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まどろみ

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遊星、と、呼ばれた気がした。誰だろう、と考えて、遊星は自分が眠っていることに気付く。瞼の裏に光が透けて仄明るい。眠ってからそれほど時間は経っていないのだろう。細かいパーツばかりを扱って強張った身体を少し休めるつもりで横になったのに、気づかないうちに眠ってしまったらしい。すっぽりと自分を包むまどろみは心地よく、遊星は繭の中の蚕になった気分だった。まだ眠っていたい。だから、浮上しようとする意識に逆らって、瞼を閉じたままでいた。しかし、意識は誰かの気配を感じ取っていた。誰かが近くで、遊星を呼んでいる。
「遊星」
今度ははっきりと分かった。この声はジャックだ。遊星はぼんやりと思った。起こすにしては静かすぎる声だ。どうしたのだろう、と考えている間に、ゆっくりと髪を撫でる感触があった。ジャックの指だ。まるで動物の毛並みを辿るように、遊星の跳ねた髪をやさしくなぞっていた。自分の感覚が吸い上げられていくようで、遊星の意識はたちまち浮上し始める。だが、ジャックの指がもたらすやさしい感触が勿体なくて、起きるのが忍びない。このまま寝たふりを続けて、もう一度眠ってしまおうか。
すると、不意にジャックの手が離れ、瞼の裏が暗くなった。気配が近くなる。おや、と訝しむ間もなく、呼吸まで近くに感じた。体温がすぐそこにある、と感じたときには、頬に何かが触れていた。覚えのあるその感触が唇だと気づくまでに時間はかからなかった。気配はすぐに離れ、でも去ろうとはしなかった。
遊星は混乱した。それでも寝たふりをやめられなかったのは、知ってしまったからだ。ジャックは、遊星が起きていることに気づいてはいないだろう。気づいていたなら、こんなあからさまに甘やかすような、やさしい触れ方はしない。今度は毛布を掛け直す気配がする。毛布を出した覚えはないから、これも彼が掛けてくれたのだろう。掛け直すと、その手は再び遊星を髪を撫でた。ジャックはどんな顔をしているのだろう。微笑んでいたり、するのだろうか。人形や動物に対するように、見返りを求めない慈しみ。それをジャックから与えられていると、知ってしまった。気恥ずかしく、そして、たまらなく胸の奥が熱くなった。ここで何でもないふりで目を覚ますなんて、とても出来そうにない。遊星は規則正しい呼吸を繰り返した。“目が覚めたら”一番にジャックに抱きつこう、それだけを考えて。
作品名:まどろみ 作家名:ひょっこ