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投手の結論

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夏の終わり、太陽は季節が過ぎるのを惜しむかのように、より一層世界を照らす。
今日は珍しく野球部の練習が休みだ。
ふと気づくと可笑しいくらい、自分の時間は野球で埋まっているのだと巧は思った。たまにはのんびり部屋で過ごそうと思ったが、することもしたいこともない。






投手の結論





時間つぶしの筋トレも、何だか集中できない素振りも、もうやりすぎたくらいだ。
床に寝転がり天井を見上げる。そのまま目を閉じ眠ってしまおうかと思った。まだ昼前だ、時間は余るほどある。
それでも何故かそんな気になれなくて、じっと時計を見つめた。かちかちと時を刻む針が嫌にゆっくりだ。時々通りかかる車のエンジン音と、はしゃいだ子どもたちの声が耳をなでていく。
何をするでもなく、ただ時を刻むことは・・・・これほど退屈だっただろうか。そこまで考えた時、脳裏に碧空が浮かんだ。呆れるほど晴れ渡った、見慣れた景色だ。
いや、違うな。何もしないのとは違う。
したいことがあるのに、できない。何かが足りない。
何が足りないのかなんて、分かっている。
あの空が見えるグラウンド。湿った土の匂いがするマウンド。そこには今、立っていないのに。今家で、こうして寝転んでいても、足りないと感じるのは何故だ。
マウンドから十八・四四メートル先にいるあいつを求める自分がいるのは、どうしてだろう。

・・・・豪、何してんだよ

いつもならキャッチボールだ青波の子守りだと巧の家に来る豪が、今日は来ない。
別に待っているというほどのことでもない。でも、穴でも空いたかのように足りなくて・・・・それを埋めたいと思った時に浮かぶのは、あいつの顔だけだ。
何度寝返りを打っても、聞こえるのは風の音と、子どもたちのはしゃぐ声と・・・・日常にあふれる、普段なら気にも留めない音だけだった。

その時ふと、声が聞こえた。あまりにも唐突に、豪の声がした。沢口も、東谷の声も・・・・気づくとマウンドに立っているような、身体が勝手にボールを投げようとするような、不思議な気分になった。
どこまでも碧い空がくにゃりと音を立てて歪む。あぁ夢かと思った時、意識が遠のいた。




目が覚めたとき、目の前にいたのは先ほどまで求めていた存在だった。
あまりの驚きに一瞬身体が動かない。
「な・・・・お前・・・・」
しぼりだした声がかすれる。豪はにこりと笑って、コップから麦茶を飲み干した。
いつのまにか眠っていて、しかもそれをこいつに見られていたなんて。思わず眉が寄る。
「なんでいるんだよ」
どうして来ないんだなんて、考えていたのに。いざ姿を見たら、口をついて出るのはとげのある言葉ばかりだ。
「いやぁ、親の探しもん手伝ってたらな、昼すぎてたんじゃ。お前とキャッチやろうと思っとったんじゃが」
と、豪がコップを差し出してくる。涼しげに注がれた麦茶に、喉が鳴る。受け取って飲み干すと、身体に水分が行き渡るようで落ち着いた。
「お前、腹出して寝とったぞ。いくら夏じゃからって、風邪引くぞ」
豪は相変わらずの笑顔を巧に向けてくる。空になったグラスが、手の温度でわずかに温まる。
こいつはどうして、こんなに人の心配をするんだろう。ふとそんな疑問がよぎって、そんなことは考えても仕方ないのだと、すぐに結論づけた。
興味があるのは、キャッチャーとしての豪であって、深入りしたって仕方のないことだから。
・・・・でも。
でもこいつは、他人を心配して、たとえそれが余計なお世話でも、心の中に入り込んでくる。
それがいつの間にか当たり前になって、煩わしいと、思わなくなって。むしろ心地いいものにさえなっている。
いつの間にか・・・・キャッチャーとしての豪以外にも触れて、その存在自体を認めようとしている自分がいる。
麦茶を注ごうとする巧を見やって、冷たいもの飲みすぎるなよと言う豪に、ふっと笑って見せた。
昨日も会って、明日も野球するのに、なぜか懐かしい気がする。


今まで、球を捕れるやつなら誰でも良いと思っていた。
求めていたのはキャッチャーという存在ではなく、十八・四四メートル先にある、あのミットだったのかもしれない。
それさえあれば、他のものなんてどうでも良かった。他人の気持ちも、その人が自分に向ける気持ちも、どうでも良かったのだ。
それが今はどうして、この存在を心地いいとすら思っているのだろう。ミットがあればいいのではない。この存在があるからこそ、投げられるのだと、ようやく気づくことができた。
「お前で良かったよ・・・・豪」
豪が不思議な顔をしてこちらをじっと見つめる。そりゃそうだよな、と巧は目を伏せた。キャッチャーがお前で、と小さく付け足すと、豪は見る間に笑顔になった。それが眩しくて、また眉が寄る。
「お前はどうなんだよ」
そう言って二杯目の麦茶をぐいと飲み込むと同時に、真面目な声が返ってきた。
「おれは・・・・原田巧のキャッチャーになるのが、夢だったんぞ。お前で良いに決まっとろうが」
あまりにも真っ直ぐな返事に、喉が詰まる。
ほんの数秒の沈黙が訪れた。木立が揺れる音が、耳朶をゆっくりとかすめていく。
「そっか」
わずかに火照る頬を隠すように、巧は豪に背を向けた。
うん、そうじゃという返事が心地よかった。



あそこに座るのがお前で良かったよ
と、巧はもう一度、心の中でつぶやいた。温まったグラスを床に置く。
夏の終わり、晴れ渡った空の下で、巧は大切なものを見つけた気がした。
作品名:投手の結論 作家名:原田凛