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Watching You

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「鏡夜先輩」
「何だ」
「独占欲、って何ですか」
「…は?」

今日クラスのご令嬢達が話してて、と言いながら歩み寄ってくるハルヒの表情はいつもと同じで飄々としている。部が始まる前の2人きりの音楽室で、パソコンから顔を上げた鏡夜は訝しげに一度だけ眉間に皺を刻み、足を組み直してテーブルに近寄るハルヒを目で追った。

「独占欲…対象を独り占めしたい、と思う気持ち。お前に対する双子や環なんか、良い例じゃないか?」
「それは自分も思いました。けど何かこう…何か、違うんですよね」

そういう友人同士の何かじゃなくて、と否定するハルヒに、鏡夜は苦笑を禁じ得ない。友人同士だと思っているのは彼女だけだというのに。

「男女間の、例えば恋愛に関しての欲、ということか?」
「あ、そうですそうです」
「…ハルヒ、お前のクラスのご令嬢達は何をしてるんだ」
「今日、倉賀野嬢が少女漫画を持って来ていて…」
「あぁ、なるほど。そういう事か」

庶民にとっては他愛もない漫画でも、住む世界が違う者にとっては夢のような娯楽に変わる。なるほど最近のトレンドは少女漫画か、それならば次回の新作グッズはれんげ嬢の力も借りてホスト部を題材にした漫画雑誌とかどうだろう…と、ともすればすぐに経営戦略の方へ動く鏡夜の脳内回路は、ハルヒが学生服の裾をくいくいと掴んだ所で瞬時にストップした。

「…何だ、ハルヒ」
「今自分が話してるんです、すぐにご自分の脳内と会話するのやめて下さい」
「対環みたいなものの言い方はやめろ、心外だ」
「本当のことです」

隣の椅子に腰かけて、けれど掴んだ手はそのままにハルヒは微かに不満そうな表情を浮かべていた。傍から見れば分かり辛いが、相手は鏡夜である。彼にこの顔色が見抜けないはずがない、そう分かっているからこそ、ハルヒも普通より乏しい感情の線を露わにする。

「鏡夜先輩は、ちっとも自分に興味を持たないんですね」
「今この扱いを物凄く不当に思っている事が分かるくらいには、関心があるが?」
「…もう、」

ああ言えばこう言う、応酬は頻繁なのに会話自体はちっとも進まない。2人の性格故の遣り取りを楽だと思う反面、もどかしく思うのは自分だけなのだろうか。ハルヒはまた僅かに頬を膨らませ、諦めて裾から手を離そうとした。

「っ、せんぱ、」
「独占欲、か。ハルヒ、良い事を教えてやろう」
「な、ちょ、まっ…!」

意外と力が強い事は知っている。頑固なのも、止めどない人の話を割と聞いていないのも。けれど実はきちんと、物事の本質を見抜いているという事も。ぐ、と握り返された手が、途端に熱を帯びる。

「…誰か来たらどうするんですか、鏡夜先輩」
「おや、動揺したのは5秒で終わりか?意外とつまらないな」
「…諦めの早さは自分の売りです」

けれど普段はちっともそんな素振りを見せないから、たまに強引にされるとまるで先輩が別人のような錯覚を覚えるのだ。向かい合わせになるようにして乗り上げた彼の膝の上、普段は見上げている頭を見下ろして、ハルヒはじっと彼のなすがままになっていた。長い腕がしなやかに、ハルヒの細い体を閉じ込める。

「お前が今日学校に来て、双子に体を触られた数は?」
「…は?えっ、と…」

突然の問いに首を傾げ、けれどハルヒは素直に指を折り始める。従順な態度に、鏡夜の口角は満足げに上向く。

「頭撫でるとか、肩叩くとか…×2人分で4回」
「残念、腰に手を回すのとスタイリングと称して髪に触るのとで、合計10回だ。放課後の部活も含めると毎日平均で30回は確実に触る」
「な…!いつ見てたんですか!」
「次。ハニー先輩がお前にハグする時の決まり文句は?」
「え、決まり文句…!?う…“ハールちゃん!”…とか…?」
「惜しい。“ハールちゃん!きょーちゃんのばい菌消毒したげるねっ!”だ、最近はな」
「そう言えば、確かに…ていうか低音で忠実にハニー先輩の真似しないで下さい…」
「俺だって気味悪い。さて次。モリ先輩が一番好きなお前の仕草は?」
「な、し、知るわけないでしょう!」
「お前が熱い紅茶に息を吹きかけて冷まそうとしている瞬間だ。そういう時に近くにいるモリ先輩は、十中八九お前の頭を無意味に撫でたがる」
「も、もういいです…それが独占欲と何の関係があるんですか…!」
「こういう事だ」

本人の知らなくていい事を饒舌に語る鏡夜を、羞恥で微かに涙目になったハルヒが首を横に振って拒む。しかし間髪入れずに思いの外強張った鏡夜の声と回された腕の強さに、ハルヒは驚いて弾かれたように顔を上げた。先程と寸分違わず自分を見つめてくる鏡夜の眼鏡越しの視線に、少しだけ気圧されて息をのむ。

「お前の事なら全部知っている。お前に向けられる視線も、お前に触れる手も、お前を囲む全てを把握している」
「…!」
「お前が何を見ているか、何を考えているか、何が好きで何が嫌いか、全部知りたいとも思う」
「…鏡夜、先輩」

自分の考える独占欲とは、見ている、という事だ。自分の側に四六時中いてほしいのではない、片時も離れたくないのではない。離れていても側にいられなくても、相手の全てを自分の手中に収めておきたいと思う事だ。

「令嬢達が頬を染める漫画よりも、お前を囲む家族気取りの奴らよりも、もっと汚いものだよハルヒ。それが俺の独占欲だ」
「…どうして、」
「愚問だな。好き嫌いは人間の抱く最も原始的な感情だ。その上に成り立つ諸々の感情にさえ、明確な理由は必要かな?」

理詰めなのかそうでないのか、ハルヒは混乱したまま鏡夜を見下ろす。冷たい眼鏡の向こうに見える瞳はいつだって鋭く、けれど自分に向かう時だけ僅かに和らぐ事を知っている。ゆっくり、しかしはっきりと首を横に振ると、ハルヒは恐る恐る彼の首に細い腕を絡めた。

「何となくですけど、先輩の定義が一番しっくりきました」
「それはお前が相当俺に毒されている証拠かな」
「ふふ、そうかもしれません」

でもそんな自分、嫌いじゃないです。悪戯気に笑うハルヒの頬をそっと撫でて、鏡夜も目を細めた。周りからは甘さを評価されない分かりにくさで成り立つ普段の2人の会話は、それでもお互いに素直になった時、驚くほどの破壊力を持って2人だけの世界を瞬く間に構築してしまう。

「もっと敏感になりたいです、先輩の視線に気付けるように」
「必要ない。お前が鈍感だからこそ、俺の独占欲が成立する」
「…確かに」

もしかするとその視線に違和感を覚えない程、居心地の良さを享受しているのかもしれない。そう思ったハルヒは静かに鏡夜の肩口に頭を落とす。言葉もなく行動で表されるそれらに鏡夜は瞠目し、声は出さずに「参ったな」と呟いて笑った。

「俺の方ががんじがらめだ」
「…?」
「や、何でもない。タイムリミットは3分だぞ、もうすぐ父親気取りがやってくる」
「…はい」

こてん、と預けられた頭の重みが丁度いい。そのまま腰にあった手を背中に置き、ぽんぽんと一定のリズムで叩きながら鏡夜は柔らかなハルヒの感触を確かめるように目を閉じた。

いつも見ている、お前だけを。
その言葉の意味を彼女が身を持って知るような事態がこなければいい、と鏡夜は柄にもなく優しい事を想うのだった。



Fin.
作品名:Watching You 作家名:李宇