風香の手帖
風香が戻ると小岩井は居間に降りてきていた。
「小岩井さん、戻りました」
「おかえり。ってどうしたの、顔真っ赤だけど」
「うちの家族、お父さん以外みんな、私が小岩井さんのこと好きだって知ってた……」
「うーん。いまさら言うのも何だけど、風香ちゃんがここに”家出”してきた時点で、普通何かあると考えるはずだよ」
「そうですよねえ」
「お父さんよく許してくれたね」
「お父さんには、友達の家に泊ってると言ってくれたみたいなんです」
「そうか。でも付き合ってることまでは知らないよね」
「はい。あさぎお姉ちゃんにだけは言ってありますけど」
小岩井はいつの間にか大事な話を始めていた。
「できれば早いうちに、結婚を前提としたお付き合いをしてることのあいさつを、ご両親にしたいと思っている」
「小岩井さん、本当!?」
「お隣の娘さんに手を出しておいて、知らぬ振りもできないからねぇ。そういうわけで、バレたからあいさつに来ました、という形は避けたい」
「はい!」
「そして風香ちゃんさえよければ、君が高校を卒業した後籍を入れたいと思っている。もちろん大学に行きたければそれも構わない。バイトはしてもらうことになると思うけどね」
「私家事とか頑張りますから、結婚しても大学行きたいです! そして小岩井さんが許してくれるなら、会社で働きたい!」
「よし。それじゃそういう目標でいこう」
風香は自分との結婚に対する小岩井の考えを初めて聞き、うれしさを隠せなかった。
(卒業したら私が小岩井さんと結婚?)
今まで頭の中で考えていたことが現実になりつつある。
風香は顔がほころび鼻歌を歌いながら夕食の支度を始めた。
今日はタマネギを炒めるのにオリーブオイルを使った。
タマネギが冷めたら、合い挽き肉や卵などと一緒にこねる。
それをハンバーグの形に整え、オリーブオイルを引いたフライパンでハンバーグの両面を焼き、焦げ目を入れる。
そして、デミグラスソースや赤ワイン、ケチャップなどをフライパンに入れて一度煮立たせる。
後はハンバーグとバターを入れ、弱火で十五分ほど煮込めば出来上がりである。
途中でよつばが帰ってきた。
「ふーか! ハンバーグ!」
「もうすぐできるからねー」
「何かいいにおいがするな」
小岩井も二階から降りてきた。
「とーちゃん。ハンバーグのにおいだぞ」
「うまそうなハンバーグだな」
かくしてハンバーグは出来上がり、みんなで食べ始める。
「いただきまーす」
「どうですか? 煮込みハンバーグは初めて作ったんですけど」
「うまい! これはお世辞抜きにうまいよ。なあよつば」
よつばは口の周りをデミグラスソースだらけにして、黙々と食べていた。
食事が大好評のうちに終わり、後片付けをする。
「初めてにしては上出来上出来」
風呂を沸かし、よつばのところへ行くと絵を描いていた。
「よつばちゃん、何描いてるの?」
「よつばととーちゃんとふーかがハンバーグたべてるとこ」
そんなに気に入ってくれたのかと、風香はうれしくなった。
風呂が沸いたのでよつばを入れてやる。
二人でバスタブに入っていると、よつばが聞いてくる。
「ふーか、とーちゃんのおよめさんになる?」
「そうだね。なれたらいいね」
風呂から上がり、よつばを寝かせて二階に上がると小岩井が仕事をしている。
「小岩井さん、よつばちゃん寝ました」
小岩井が振り返る。
「ありがとう、風香ちゃん。今日は本当に助かったよ。おかげで仕事に集中できた」
「それじゃあ…… ご褒美ください」
風香の顔が赤い。
「ご褒美って…… ああ」
小岩井は風香の腰を引き寄せる。
そして椅子に座っている自分の脚の上に風香を乗せ、抱きしめる。
「風香ちゃん、いいにおいがする」
「お風呂に入ったばかりだから」
「それに風香ちゃんの体、柔らかくてふかふかだ」
「むー、何か素直に喜べない」
二人の顔が近づいていき、お互いの唇を合わせる。
するとキスの途中で小岩井の手が、風香の胸に伸びてくる。
「!!」
初めて経験する異性からの胸への刺激に、風香は驚きを隠せなかった。
「こ、小岩井さん……」
「ん? いや?」
「いやじゃないけど、ちょっとびっくりしちゃって」
「風香ちゃんの胸大きいね」
「恥ずかしい……」
小岩井の手はさらに、風香のパジャマのボタンを外していく。
「あっ……」
ブラをつけていないので、パジャマの下はすぐ素肌である。
小岩井は風香の裸の胸をさわり始めた。
「気持ちいい?」
風香はコクンとうなずく。
小岩井がささやく。
「風香ちゃん、すごく柔らかいよ……」
「ん……」
そのとき突然家が揺れた。
「ええ!?」
「地震だ! こりゃでかいぞ!」
しばらくして揺れは収まった。
「風香ちゃん、もう大丈夫だよ?」
「はい?」
気がつくと、風香は小岩井に思い切りしがみついていた。
「ご、ごめんなさい」
風香は小岩井から離れ、パジャマのボタンをはめる。
「いいところだったんだけどなぁ。俺はよつばや家の中見てくるから、風香ちゃんは寝てていいよ」
「はい」
「それじゃおやすみ」
そう言うと、小岩井は風香にキスして下に降りていった。
風香は自分の部屋に入り、手帳を広げつつ先ほどのことを思い返してみる。
あんなときに地震が起きるなんて、と風香は思った。
それに胸をさわられただけであれほど恥ずかしかったのに、この先はどうなるのか不安でもあった。
そして夕食前に聞いた小岩井の実質的なプロポーズの言葉を思い出すと、うれしさがこみあげてくる。
風香は進み始めた二人の関係に、思いを巡らせるのであった。