かおりたつ
「日本」
ぱたぱたと脱衣所にやって来て、「失礼します」と言って風呂場の扉を開けた日本にイギリスは言った。
「風呂に変なものが浮いてるぞ」
「ああ、あれは蜜柑の皮です。いい香りがするのでと思ったのですが…邪魔なら持って行きますよ」
「いや、それならいいんだ」
入浴剤のようなものですよ、と言い置いて日本はまた扉を閉めた。イギリスは納得して湯を体にかけ、ゆっくりと湯船に浸かった。西洋ではあまり見られない風呂の形に戸惑ったのも今は昔で、熱い湯にじっくり身を沈める心地よさをイギリスは知った。
息を吐いて体を伸ばし、ふと目についたのは蜜柑の皮の入ったその袋だった。確かに、意識してみれば先程炬燵で頂いた果物と同じ匂いがしないでもない。
湯船にぷかぷかと浮かぶそれを手に取り、鼻を近付けて匂いを嗅いでみる。ほのかな柑橘の匂いと草が萎れたような匂いがした。少し興醒めした気分になって、イギリスはそれを再び湯に浮かべた。再び、柑橘の匂いだけがふわふわと漂う。
その内に鼻が慣れたのか、イギリスの鼻にその匂いは感じられなくなった。
「上がったぞ」
イギリスが日本のいる居間に戻ってきた時、日本は炬燵に入って蜜柑を食べていた。タオルで頭を拭きながら、イギリスは何故か頬を微かに赤く染めた日本を見て首を捻った。
「日本、どうしたんだ?」
「あ、いえ、何でもありません」
「何でもなくないだろ」
「あ、あの…」
イギリスは畳の上、日本の隣に座り、日本と目を合わせようとした。だが日本の目線はあっちに行ったりこっちに行ったり忙しく、イギリスの願いは叶わない。焦れたイギリスはもう一度「日本」と名前を呼んだ。日本はそれで観念したらしい。それでもイギリスとは目を合わせようとはせず、炬燵に目を向けたまま口を開いた。
「…お風呂、私はこれから入りますけど」
日本は炬燵から――正確には、炬燵の上に置かれた蜜柑から――イギリスに目を向けて言った。
「同じ香りがするって、いいですね」
照れた様に日本は笑んだ。
薄い蜜柑の香りが、急に色付いた気がした。