触れえぬぬくもり
一護は多く窓がとられた塔から尸魂界を見下ろしていた。
ここは一番隊の隊首室だ。
護艇を見渡すことができるこの場所はまさしく瀞霊廷を守護する護挺を束ねる者にふさわしい場所であった。
そんな場所に一護はいた。
一護の後ろにはこの部屋の主である一番隊の隊長であり、護挺十三隊の総隊長である山本元柳斎重國が膝をおり控えていた。
「一護さま、もうお戻りになる時間にございます」
そう、帰らねばならない。
城に。
一護は王族であった。
母が王族であったのだ。
縁あり、一護はこうして度々尸魂界に訪れていた。
そう…浅からぬ縁があったのだ、後ろに控えている男と。
「一護さま」
返事をしない一護にもう一度男は話しかける。
「そうか…もう時間か」
「はい」
「戻られねばならんか」
「はい」
男は促す。
城に帰ることを。
一護は我慢ならなくなった
「っお父―」
「ならん!!!!!!!」
一護は振り返り男を見て男を呼びかけようとしたが、それは男の声で遮られた。
「―ならん、なりませぬ」
―言うてはなりませぬ―
男―山本は力強い目で一護を制した。
一護はその山本の明確な拒絶に泣きたくなった。
山本の目を見ていられず、一護は再び正面を向いた。
暫しの沈黙の後一護は言った。
「帰城する」
その声は震えていた。
そんな様子に気が付いているはずの男はただ一言
「はっ」
と言い、頭を下げた。
その様子を目を端で捉えながら一護は手を挙げ水平に動かした。
その空間に歪みが生じ、しばらくすると門が現れる。
これは一護が特別に使える門であった。
「陛下には恙なくと」
山本は頭を下げた。
「分かった」
そういい、一護は山本に振り返ることもなく門をくぐった。
「お気をつけて」
山本はその場で再び頭を下げた。
山本にはこの門をくぐる権利はなく一護を護衛することはかなわない。
いつも別れはこの門の前である。
門をくぐりその扉が閉まる瞬間に一護の頬から流れ落ちた涙に山本は気が付いていたが何も言わずただただその場に控えた。
その態度が一護をどれだけ悲しませているかを知りながら、ただ臣の態度を崩すことはなかった。
いくら血を分けた親子であっても…。
―許せよ・・・・一護…
一護の母は王族であった、そして父は死神であった。
そう、父は護艇を預かる山本であった。
身分を隠した母と出会い、お互い惹かれあった。
山本も女が只者ではないとわかっていたが、思いを止めることはできなかった。
やがて、女は一護を身ごもった。
そして山本は己の愛した女の正体を知った。
女は己の父―霊王に命を懸けて懇願した。子供を生むことを許してほしいと、そして男に何も危害を加えないでほしいと。
前例のない事であった。
山本のただでは済まないはずであったが、愛した女により処分されることはなかった。
霊王は娘を溺愛しており、娘の嘆願に願いを叶えてやるしかなかった。
このままでは本当に娘がはかなくなってしまいそうだったから。
山本に処分は下りなかったが、生まれてくる子に父と名乗ることは許されなかった。
また、愛した女と再び会うことも許されなかった。
それが己の罰であるとわかり、己の恩赦が前代未聞であることもわかっていた。
全て愛する者に負担をかける結果になってしまったことに、ただただ己の力のなさを実感するしかなかった。
そうして、母の懸命な努力によって生まれてきたのが一護であった。
一護の母は奔放なところがあったが明るく優しい性格であった。しかし、少し体が弱かった。
一護の出産は大きな負担になってしまった。
一護を出産したのち、まだ幼い一護を残し隠れてしまった。
幼い一護は祖父の霊王に可愛がられた。
よく慈しんでくれた。
しかし、幼い心には寂しさがあった。
広い広い城にやはり祖父だけの愛情では寂しさはぬぐいきれなかった。
そんなあるとき一護は知ったのだ、父親という存在を。
祖父に聞いてもそんなものはいないと言われた。
優しく頭を撫でられ、否定された。
悲しくて仕方がなかった。
しかし、口にと戸は立てられないものである。
やはり己に父親が存在するらしい。
その言葉に一護は期待した。
己の立場が少し特殊なことくらい利口な一護は理解していた。
いつか、会えるかもしれないと幼い心はそれに期待した。
少し大きくなったときに一護は母の残してくれたものから隠されるようにしていた母の日記を見つけた。
日々のことを取り留めなく書かれているものであった。
父を特定できるようなものはなかったが、己の一護という名が父から贈られたものだと知った。
一護は自分の名が一層好きになった。
そして、度々日記に出てくる尸魂界という言葉に興味を持った。
それを知った祖父は見分を広げるためにも良いだろうと尸魂界に行くことを許してくれた。
その時、引き合わされたのが護挺隊の総隊長である山本元柳斎重國であった。
その時、彼に一護様と呼ばれたときその響きが祖父とも違う事に気が付いた。
そう、まるで母が己を呼ぶときとよく似ていた。
そして一護は気が付いた。
彼が自分の「父親」であると。
それから度々一護は身分を隠して尸魂界に…山本の元をおとずれる。
しかし、一度も彼を「父」と呼んだことはない。
彼も己も「父」とは名乗らない。
いつか彼を「父」と呼べる時が来るだろうか。
いつ叶うともしれない夢を抱いて、一護は城に帰る。
きっと帰れば祖父が慈しむように頭を撫でくれるだろう。
父を父と呼べず、それを拒絶され、毎回傷ついて帰ってくる孫を憐れみながら撫でてくれるだろう。
そして、一護は祖父の膝でいつか父と呼べる時が来るのを夢見て、夢を見るのだ。