長月さんとシューちゃん 詰め合わせ
「シュー、寝不足?」
小鳥のさえずりが小さく耳に届く朝、起きてくるなりテーブルに突っ伏したままの従兄弟はウウンと唸るような声をあげた。
秋口の空気は残暑よりも本格的な紅葉の季節の到来を予感させる。
こんなに心地のよい朝の食事風景には似合わない音だ。
「夜更かししたのか?」
「……夜ドオシアニメ見テタ」
むにゃむにゃと不明瞭な声が返ってきた。
そんなことだろうとは思っていたが。
「こら、しゃんと起きなさい。ご飯はちゃんと食べる」
朝食は、昨日シュースクの買ってきたトーストにたっぷりのマーガリンを乗せて焼き、コーヒーをいれただけの簡単なものだ。
へばりこんでいても食べられるだろう。
まずはコーヒーからとカップを差し出すと、へたりこんだままだったシュースクがよろよろと顔を上げた。
顎をテーブルにくっつけたまま、へにゃりと笑う。
「長月ノニオイガスル」
コーヒーばかり淹れているから、香りが移ってしまったのだろう。
香ばしい香りは自分の好むところだから、悪い気はしない。
「チョットダケ苦イケド、アッタカクテ優シイヨ」
ふうふうと息を吹きかけて、カップを持ち上げながら、シュースクはふにゃりと音がしそうな顔で笑った。
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最後まで残って話をしていた常連客が帰ってしまうと、小さなカフェの店内は途端にがらんとしてしまう。
やれやれと息を吐いてカップを片付けて洗い場まで持っていくと、いつもならそこでランチを作っている従兄弟が今日は用事でいないせいか、余計に広く感じた。
エプロン姿の金髪が振り返らないだけで、まさかそんな風に思うだなんて、自分自身が意外で思わずふっと笑ってしまった。
ここを始めたばかりの頃は一人だったのだ。
趣味が高じて始めただけの小さな店だったのに。
いつのまにか居ついてしまった従兄弟の存在は、この店の中、どうやら思いの外大きくなっていたらしい。
そう、いつもなら午後のこの時間に遅い休憩と昼食をとる。
たいていはありあわせのものでシュースクが簡単な料理を作り、二人並んでそれを食べる。
それだけの時間がないことが、こんなにも物寂しい気がするなんて。
ふ、と笑う。
自分がそんなことを思うなんて、それこそ思いもしなかった。
それも悪くはないけれど。
と、カラン、とドアの開かれる音。
振り返ると、頭の中に思い浮べていた金髪の頭が現れて、
「…夕方じゃなかったのか、戻るの」
聞けば、にこりと人の良い笑みが返った。
「ゴ飯、長月ト一緒ニ食ベナキャト思ッタノ」
「それでわざわざ戻って来たのか?」
「ウン!」
ああ、どうやら本当に、この金髪頭の存在は大きくなってしまったらしい。
喜んでいるこの胸の内がその証拠。
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「ワア、」
思わず漏れた声は素直に感動に満ちていた。空には満月。
星の輝きが霞むような明るさだ。
「ヤッパリ日本ノオ月見ッテイイヨネ」
前には河原で手折ってきたススキに12個のお団子。
隣には、
「まあ、そうだね」
シュースク程には興味は無さそうに、けれど、なんだかんだで付き合いのいい従兄。
単純に月見が好きなだけではなく、それも揃った上での「イイヨネ」なのだが、さて、この従兄は気付いているのかいないのか。
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今日の書き出し/締めの一文 【 たい焼きは一個しかありません 】 http://shindanmaker.com/237660
「どうしたの、それ」
厨房に隠れたシューの手元に、白い紙の包みがひとつ。
「常連サンニモラッタヨ」
にこにこと嬉しそうな顔は、最近やっとお客の前におどおどせずに出られるようになってきた。
常連客に限っての話、だが。
内弁慶だなんてまるで子どもだ、と呆れてしまう。
しかし、今は本当に嬉しそうに全開の笑顔だ。
シューが年齢の割にとても子どもっぽく見えるのは、片言の日本語だけでなく、こういう感情をそのまま素直にだせるところ故だろうか。
拗ねたり駄々をこねたり、喜んだりとなかなかに忙しい。
「中身、何」
「タイ焼キダッテ。オイシインダッテ。最近評判ノオ店ナンダッテ」
がさがさと包みを開けたシューが、あ、と口の形を固定して止まった。
「何?」
覗き込むと、白い紙の中にてんと鎮座している愛らしい顔のたい焼きがひとつ。
そう、ひとつだ。
「おいしそうだね」
ぽんと頭をひと撫でして、おいしくいただきなさいと言うと、シューがぱっと顔を上げた。
「長月モ!」
「ん?」
言うなり尻尾と頭をつかんだかと思うと、二つにばりっと割って、
「ハイ! 一緒ニ食ベヨウヨ」
客に出せるレベルの料理を自分で作るだけあって、シューはおいしいものにはそれなりに目がない。
別にものほしそうな顔をしたつもりもない。
の、だが。
「ああ、うん。ありがとう」
受け取ると、シューが最上級の笑顔で微笑んだ。
「一緒ニ食ベタ方ガオイシイカラ!」
2012.9.29
作品名:長月さんとシューちゃん 詰め合わせ 作家名:くりの